第1話
「暑く、ないや」
不快にも快にも感じない教室で呟く。地球温暖化の影響で季節が消滅してから久しい。今では寒いも暑いも日ごとにやってくる。しかも平気で30度やマイナス15度になるから、僕の家はシェルター付きになった。僕たちは気温や天気の変化を知らない。常に空調が一定管理された建物や移動物体の中にいるからだ。移動する時も、屋内接続が施された建物と電車を使う。一瞬たりとも外に出る瞬間がない。それが苦痛とも思わない。当たり前すぎてなんとも思わない。白いベルトコンベアで運ばれるダンボールみたいだ。ガンダムの地下基地にいる気分だと言えば近未来的だろうか。
しかし地下基地とは違う点がある。窓があるのだ。屋内通路に等間隔に設置された窓から外は見える。ブラックホールのように真っ黒だったり、ゆらゆらゆらめいて輪郭がなかったり。時に見える景色が変わるそれはどこか非現実的だった。窓枠に描かれた絵画みたいだと思う。だから外というものをよく知らない。知る機会もない。昔、祖母が「おばあちゃんが子どもの頃はね冬が寒くて夏が暑かったのよ」と教えてくれたっけ。冬と夏はその先にあるのだろうか。そんなことを考えながらシャーペンをくるくるして、自習と書かれた黒板を見つめる。
外には何があるんだろう。
「何か言った?ナツ」
隣で爪をいじっていたヒカルが焦げ茶の髪を揺らしながら不思議そうに視線を傾けた。
心の声が思わず口に出てたらしい。不意のことに、うまく答えが出ず言葉がつまる。
「ずっと外が気になってて」
「ふぅん」
小学校教育では一番初めに「外」について説明される。外は何もないところだ。人間は生活できない。私たちには関係のない土地ですから気にしないでください、連絡簿に視線を落としながら当時の教師はそう言った。
先生なのに何で教えてくれないんだろう。外の世界を教えてくれない大人たちがずっと疑問だった。そんな大人たちに囲まれて育つことが何より苦痛だった。
きっと何もないんじゃない、と爪に目を戻したヒカルはどうでも良さそうに隣で再び綺麗な二重を閉じた。
多分、僕の話を聞いていない。
僕が興味があるとしたらそれは外ともう一つ、ヒカルだけだった。ヒカルは何にも興味を示さない。もちろん僕にも。そんなヒカルが気になった。隣の席になって2日目、勇気を出してヒカルに「おはよう」と話しかけてみた。眠たそうにゆっくりとまばたきをする色素の薄い目が、僕を捕らえる。何故だか目が離せない。固まった僕におはようと返す彼の声は、薄紫色だった。
話しかけられたら応える、スタンスのヒカルにつけ込んで、僕はよく話しかけた。おかげで少しずつ僕たちの間には会話を増えた。
寝てるヒカルを横目にもう一度、考えてみる。もし僕が外に行くと言ったらヒカルはついてきてくれるだろうか。
夏が壊れた 春夕は雨 @haluyuha_ame
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