シンデレラにはまだ早い
青樹春夜(あおきはるや:旧halhal-
シンデレラにはまだ早い
踵の高い
別人みたいに変わるメイク。
大人びたワンピース。
アクセサリーは指輪からネックレスまで全部身に付けて。
ゴテゴテに飾る事が野暮だなんて、子どもの私にはわからなくて。
慣れない靴を履いてそっと窓から抜け出す。
——実は全部お姉ちゃんの持ち物だ。
バレたらコロされる。
そう思いながら有名ブランドのバックを振り回して走り出す。
こうして私は初めて夜の街に飛び出した。
名前しか知らない歓楽街に大人のフリしてたった一人で忍び込む。
目的は薔薇色のお酒。
どこで頼めばそんなキラキラのお酒が飲めるのかわからないけど、多分大声で客引きしてる店じゃないと思う。
私の憧れるお店は少ししっとりとして落ち着いている、大人な店。同年代とかたまって嬌声をあげ、異性のアプローチについてくようなお店じゃダメ。
私は表通りを外してテキトーな、でもシックな面構えの店に入った。
いわゆるバーとかいうとこだ。
内心、怖さと驚きとがないまぜになって、心臓がバクバク言ってる。
驚いた事にお店の人には咎められなかった。ほの暗い、カウンターとボックス席が少しの小さな店。でもちょっと高級そう。
カウンターに二人連れがいるだけで、他にはお店のマスターが一人。彼はその客にお酒を出していた。
慣れた風を装いながら、ボックス席に着く。机の上にアクリル板に挟まれたメニューがあったので、値段を見比べながらどれが薔薇色のお酒なんだろうと首を傾げる。
カラン、とドアベルが鳴って、若いスーツ姿の男の人が一人入って来た。
驚いた事にその人はいきなり私の目の前の席に座る。
「あの——」
「待たせたね。まだ、頼んでないのかい?」
目を白黒させている私の返事も待たずに彼はマスターに注文する。
「ロックと——そうだね、クリームソーダを一つ」
「んなっ!?」
なんでっ?
『クリームソーダ』が私の知ってるものなら、それはおばあちゃんがよく話していた甘い飲み物だ。
けれどそんな私を無視して、男は声をひそめる。
「なんで子どもがこんなところにいる?」
こ、子どもっ?
「バレバレだ。下手な化粧をして——まあ、いい。そのまま何か話をしていてくれ。学校での出来事でいい。僕と話をしているふりをしてくれれば助かる」
そう言って男はカウンター席の二人連れを指差した。
なるほど、あの二人に関係があるのか。尾行ってやつかな?
突然の出来事にお酒への憧れは吹っ飛び、私は頼まれた通りにおしゃべりする。
「エリはビルベリーの腕時計をしててね。それがとっても可愛いんだけど私にはとても高価で、自慢されっぱなし。カナはシンクストンのバッグ。私は何にもないの——」
うわ、二人連れがこっちを見た!
二人とも男の人だ。
私はおしゃべりが途切れないように咄嗟に宿題で出た『枕草子』の暗唱に切り替えた。小声なので何を言っているかはわからないだろう。
「春はあけぼのやうやうしろくなりゆく——」
そこへ注文の品がくる。
私の前に置かれたクリームソーダはネオングリーンの炭酸に濃いめの色したバニラアイスが浮かんでた。
スプーンを手にした瞬間、二人の男たちが立ち上がる。うっかり、視線がそちらは向いてしまう。
二人は何かを交換して、ほぼ同時にそれをポケットに入れていた。
私の目に間違いなければ、それはお金を入れた厚みのある封筒と、ラップで包まれた白い物体だった。
私の様子に気がついた男が振り返る。同時に二人連れもマスターもこちらを見る。
多分、その場にいた全員が視線を交差させた。
その瞬間からの大騒ぎ!
私はびっくりしてかたまってただけだけど、どったんバッタンスツールもひっくり返り、グラスが飛び交い、大きな音を立ててドアが開いて二人連れは逃げ出した。
それを追いかける男は私に「早く帰れよ、お嬢ちゃん!」と叫ぶとあっという間にいなくなっちゃった。
マスターもいつの間にか居なくなってて、ほんとに私一人ぽつんと座ってた。
「あーあ、クリームソーダこぼれちゃった」
ウチへ帰るのも忍び足。
寝静まった家にこっそり戻ると、黙って借りたアクセサリーを外す。
似合わないワンピース。
ヘッタクソなメイク。
足を捻ったヒールはお姉ちゃんにバレないようにこっそり戻しておく。
——私にはシンデレラはまだ早い。
終わり
シンデレラにはまだ早い 青樹春夜(あおきはるや:旧halhal- @halhal-02
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