真夜中の案内人

ナタナシ

真夜中の案内人

「次のかた、どうぞ」


 カウンターを挟んでスーツ姿の男が声を上げる。

 電光掲示板に示された123という数字。一人の男が、一枚の紙を手に席に着いた。


「よろしくお願いします」


 おどおどと何かを怖がっているような男。髪はボサボサで、顎にはえた髭も手入れがされていない。服装も見るに堪えないもので、くすんだタンクトップに破れたジーンズと汚らしいものだった。


「壁山ぬりおさんでよろしいでしょうか?」


 スーツ姿の男が手元の書類を確認する。

 壁山と呼ばれた男は「はい」と答えた。


「前回こられたのは半年前、ですよね?」


「はい。それくらいだったと思います」


 あまりいい思い出ではないのか、顔をふせる壁山。

 スーツ姿の男はそんな壁山を気にも留めず、手元の書類に目を通していく。


「ふむふむ。なるほど」


 一枚、二枚と書類をめくるたびに、壁山は冷や汗を流す。

 ただでさえくすんだタンクトップが、更に黒く染まっていく。


「生活態度は良好。食生活も異常なし。身体能力はやや低いが、問題にするほどでもない。特性に関しても、おおむね問題ないでしょう。うん、いいんじゃないですか」


 ほっと息を漏らす壁山。

 だが、その表情からは未だ緊張が見てとれた。


「それでは、問題の見た目ですね」


 スーツ姿の男は引き出しから手袋を取り出し、それを両手にはめた。


「確認させていただきます」


 立ち上がり、カウンターをすり抜け壁山の前に立つ。

 壁山もこれ以上ないほどこわばった顔で、立ち上がる。


 スーツ姿の男は壁山の頭からつま先まで、じっくりと観察していった。

 ときに腕を持ち上げ脇を確認し、ときに靴を脱がし足の指を触り、ときに口を開けさせ歯の本数を数えた。


 永遠に感じる時間。

 長い長い時を生きているが、この時間ほど長く感じる時はない。

 壁山は心の中で数字を数えた。一、二、三、四、五、……。

 十を五十回ほど数えたところで、スーツ姿の男が壁山の肩に手を置いた。


「壁山さん。よく頑張りましたね!」


 壁山はその言葉の意味が一瞬わからなかった。

 しかしすぐに、胸の高まりと共に実感が湧いてくる。


「ということは……」


「はい! 合格です!!」


「うおぉぉぉーーー!!!」


「お静かに!!」


「す、すいません」


 スーツ姿の男は叫ぶ壁山をいさめたが、その顔には笑顔があった。

 スーツ姿の男は自分の席に戻る。


「いや~、見た目がとてもきれいになりましたね」


 恥ずかしそうに頭をかく壁山。

 それを見て、スーツ姿の男はまたにっこりと笑った。


「服装も悪くないですよ。自発的に勉強したんですね。

 なによりも、前回なかった首の完成度が非常に高い。前回きたのが半年前だなんて考えられませんよ」


 手袋を外し、半透明の少し変わったペンでスーツ姿の男は手元の書類にサインをした。ペンはぼやけているのに、そこから生み出される文字は黒く、はっきりと目に見えた。

 書類を書き終えると、スーツ姿の男はあらためて壁山に顔を向ける。


「それではこの書類を、地下三階『妖怪小学校係』まで持って行ってください。

 エレベーターはしっかり使ってくださいね。エレベーターを降りると目の前に地下三階のマップがあるので、この書類をかざすと狐火が現れて案内してくれます。

 妖怪小学校では人間の基本的な生態や、文字、ものの名前などを学びます。

 すでに幼稚園で、ある程度の文字と数字を習ったと思いますが、人間は更に多くの文字と数字を使います。頑張って学んでくださいね。

 壁山さんは田舎の方で、長い間、存在してきたと聞いています。

 小学校になると幼稚園と比べて決まりごとが増えるので、少し窮屈に感じるかもしれません。ですが、小学校、そして中学校、高校と卒業すれば、人間の世界で生活することが可能になります。

 それも、大勢の人間の前で」


 壁山は自分が多くの人間の前で立つ姿を想像した。

 不思議と生気がみなぎってくる。


「高齢化により村がなくなってしまったのはとても残念です。

 しかし、これからは人間に困ることはありません。

 しっかり学んで、ぜひ、人間たちを騙してくださいね!」


「ありがとうございます!」


 壁山が右手をスーツ姿の男の前に出す。

 スーツ姿の男はそれを見て、右手に手袋をはめてその手を握った。

 幼稚園で学んだ、握手だ。


 壁山は歩き出す。

 新たな妖生へと向かって。


「やっぱり、触れあえるっていいな」


 スーツ姿の男は引き出しに手袋をしまいながら独りごつ。

 死んでから、ずっと孤独にさまよってきた。

 何にも触れない、誰にも見られない、そして死ねない。

 だが、そんな日々も遠い昔だ。

 今は霊専用のご飯を食べ、道具を使い、生きている。

 人間としての経験をたよりに、ここで案内の仕事をしている。

 そう、この人外市役所、特別案内係として。


「次の方、どうぞ」

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真夜中の案内人 ナタナシ @natanasi

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