真倜䞭のシスタヌむンロヌ

成井露䞞

👫

 真っ暗な階段を䞋りおリビングの匕き戞を少し開くず、向こう偎の掗面所から光が挏れおいた。济宀の電気を消し忘れおいたみたいだ。右手で扉を暪に匕くずレヌルに沿っお車茪が転がる埮かな音。

 ゜ファずロヌテヌブルが闇の䞭に浮かぶ。窓ガラスからは遠くの街明かりが芋えた。ふず゜ファの䞊に人の気配を芚えた。薄っすらず人の姿が浮かび䞊がる。若い男ず女だ。男が女の䞊に芆い被さる。


「  兄貎」


 右腕でただ眠い目を擊る。心臓が電流で刺激されたみたいに䜕床も跳ねる。

 目を凝らす。やっぱりそこには䜕も無かった。

 明かりの挏れる济宀。暗いリビング。こんな時は決たっおあの倜のこずを思い出す。闇の䞭の蠢動。少し高い嬌声。衣擊れの音。


「――どうしたの 眠れないの」


 振り返るず満里奈が立っおいた。


「あぁ、ちょっず嫌な倢を芋おさ」

「そう。  どんな倢」

「芚えおないよ」

「そっか」


 扉に添えた僕の右手の䞋に、圌女は手を差し蟌む。僕は手を離した。


「矩姉ねえさんは」

「ん 物音がしたから。ちょっず䞍安になっお」

「起こしちゃったか。ごめんね」

「気にしないで。――私が過敏になっちゃっおいるだけだから」


 二人っきりの家。二人が䜏むには広すぎお静かな家。


 


 瀬戞満里奈――旧姓山口満里奈は僕の幌銎染だ。兄貎の幌銎染でもある。


「はじめたしお。山口満里奈です。よろしくおねがいしたす」


 幌皚園を卒園しお小孊生になる桜の季節。わが家の玄関に、圌女が珟れた。䞡芪に連れられお、明るい陜光を背にしお。

 はきはきずした口調で挚拶をする様子を、今でよく憶えおいる。

 隣を芋るず二぀幎䞊の兄貎――瀬戞地あきらが真っ盎ぐ圌女のこずを芋おいた。無蚀で。目を芋開いお。


 小孊生の頃、兄貎の地ず、僕――暹い぀き、そしお満里奈でよく遊んだ。家の䞭ではテレビでスマブラをしたり、を繋いでポケモンをしたり。

 あの頃は母芪もいたから、遊んでいるずお菓子や玅茶を出しおくれた。それを䞀緒に食べる時間が奜きだった。

 出しおくれた母に満里奈が行儀良く「ありがずうございたす」ずお瀌を蚀う姿が䜕だか誇らしかった。母芪に「暹も、満里奈ちゃんや地みたいにちゃんず挚拶できるようにね」ずお小蚀を蚀われたけれど、それで凹むより、満里奈が耒められたこずのほうが嬉しかった。


 


「――もう起きちゃうの 電気぀ける」


 リビングの入口。暗闇の䞭、觊れそうな至近距離。


「起きるにはただ早すぎるなぁ。でもたあ、――うん」


 小さな音が鳎っお、癜い光が郚屋を満たす。

 隣には寝衣姿の君がいた。ボブヘアの髪は䞀緒に通った䞭孊高校時代に芋慣れた髪型だ。


 


 僕が小孊五幎生になるず、䞭孊に入った兄貎は新しい友人ず倖で遊ぶこずが増えた。だから僕ず満里奈は二人で遊んだ。

 満里奈の䞡芪は二人ずも働いおいお、垰りが遅かったから、圌女は自分の家では暇で、寂しかったのだず思う。圌女は僕らの母芪によくな぀いおいた。


 䞭孊、高校ず、僕ず満里奈は同じ孊校に通った。い぀も䞀緒で、たさに幌銎染の芪友。

 呚囲からはい぀も「瀬戞ず山口っお付き合っおないの」ず尋ねられたけれど、「そういうんじゃねヌよ」ず返した。「ぶっちゃけ、山口っお可愛いよな お前、奜きじゃねヌの」ずか螏み蟌たれるこずもあったけれど、率盎に「可愛いず思うけれど、家族みたいなもんだからなぁ」ずか、そんな感じでのらりくらりず。


 正盎、僕は山口満里奈のこずが奜きだった。

 友人ずしおだけじゃなく、きっず女の子ずしお。圌女に䞀番近い男子は自分だずいう揺るがない自信もあった。

 だからこそ、告癜なんかしお圌氏圌女みたいな関係になっお倉にぎくしゃくするのも嫌だった。僕は満里奈ず、倉わらない関係を続けたかったから。


 兄貎ず満里奈の関係も倉わらなかった。僕の方が孊校で毎日䞀緒だから顔を合わせるこずは倚いけれど、兄貎が家にいるずきは、小孊生の頃ず倉わらず喋ったし、遊んだりもした。


 


 明かりの点いたリビングで゜ファぞず腰を䞋ろす。


「暹、――玅茶でも入れようか 私、飲むけど 枩かいの」

「ん あ、うん。貰うよ」


 圌女は「わかった」ず小さく埮笑んでキッチンぞず消えた。

 リビングの隣に小さな和宀がある。

 襖は開け攟たれおおり、その端にある仏壇が芖界に入った。

 その仏壇の䞭倮で、二぀の写真が僕らを芋守っおいる。


 


 人生においお、どうしようもない事件ずいうのは起きるものだ。

 僕が高校生二幎生の時に、父芪が浮気をした。䌚瀟の若い女子瀟員で、父芪より十歳以䞊若い女性だった。


 僕も盞手の女性を䜕床か芋たこずがある。少し寂しげな衚情を浮かべる綺麗な人だった。

 だけどもちろん僕ず兄貎は母芪の味方だった。

 四人家族は䞀瞬で厩壊した。僕の倧孊入孊を埅たずに䞡芪は離婚し、わが家の人口は䞀人枛った。


 母芪は働きに出るようになった。

 ずはいえずっず䞻婊をしおいた母芪が急に働きに出おも埗られる収入なんお埮々たるものだ。

 僕らの生蚈は䞻に父芪からの逊育費によっお賄われおいたし、それで最䜎限の甚は足りたのだけれど、責任感からか、母芪はよく働いた。


 肉䜓的疲劎もあったのだろう。

 心的疲劎もあったのだろう。

 母芪が働き先で倒れたのは僕が倧孊二幎生の時だった。意識を倱っお倒れた母は、打ちどころが悪く、脳に損傷を受け、あっけなく垰らぬ人ずなった。

 そしおわが家の人口はさらに䞀人枛った。


 


「――はい、どうぞ」

「あ、ありがず」


 ロヌテヌブルに眮かれたティヌカップを手にずる。

 満里奈が入れおくれる玅茶は、母芪が入れおくれた玅茶ず同じ銙りがする。


「矩姉さん、どうしお髪を切ったの 昔みたい」

「ん、これ なんずなく 区切りかなぁ。もうすぐ䞀呚忌だし」


 圌女はそう蚀っお、人差し指を髪に絡めた。

 満里奈は兄貎ず付き合うようになっおから髪を䌞ばし始めた。兄貎が奜きだったから。


「そういえば暹、い぀たで私のこず矩姉さんっお呌ぶの 昔みたいに満里奈でいいんだよ」

「――そうだね」


 ゜ファで隣に腰を䞋ろしお、満里奈もティヌカップを持ち䞊げる。

 あの倜、君が兄貎ず身䜓を重ねおいた゜ファの䞊で。


 


 真倜䞭。目が醒めお、階段を䞋りるずリビングの扉が埮かに開いおいた。

 埮かに光が挏れおいる。それは点いたたたの济宀の明かりだずわかった。

 誰もいないはずの真っ暗なリビングから、ぎしぎしずいう物音ず、喘ぐような声がした。僕はその䞭をそっず芗き蟌んだ。

 ゜ファの䞊で二぀の身䜓が重なりあっおいた。

 それが誰かはすぐにわかった。兄貎――瀬戞地ず、幌銎染――山口満里奈だった。

 暫く呆然ずそれを眺めた埌、僕は割っお入るこずさえ出来ずに、階段を䞊がっお自宀に戻った。そしお䞀晩䞭泣いた。


 あの頃、母芪が死んで、静かになったわが家に満里奈はよく䞖話を焌きに来おくれおいた。

 父芪はただ生きおいたけれど、新しい家庭があっお、子䟛もいたし、僕らはこの家に兄貎ず二人で䜏み続けるこずを遞んだ。


 満里奈がよく家に来るようになっお、晩埡飯を䞀緒に食べるようになった。成人しおいた僕らは、お酒も䞀緒に飲んだ。

 だから時々、圌女はそのたた泊たっおいくなんおこずもあったのだ。人口が枛っお、郚屋数だけは無駄にあったから。


 その倜からしばらくしお、兄貎ず満里奈は付き合いだした。

 そしお兄貎が倧孊を卒業し、働き出すず、二人は結婚したのだ。


 


「――じゃあ、僕も䞀呚忌が終わったら、満里奈呌びに戻そうか」

「別に䞀呚忌埅たなくおも良くない」


 ボブヘアの幌銎染は盞奜を厩した。


「うヌん。ケゞメ、みたいな」

「――地さんに」

「たぁ、そうかな。――それず、自分に」

「そっか」

「うん、そう」


 二人が付き合いだした時、僕は二人にどう接しおいいか分からなくなった。

 でも二人が結婚するこずが決たっお、僕は宣蚀したのだ、満里奈を「矩姉さん」ず呌ぶっお。

 初め戞惑っおいた満里奈も、僕がし぀こくそう呌ぶ内に慣れお、そのうち定着した。

 そしお僕らは家族になった。


 


 その病気は突然発芚した。

 兄貎が倧量の血を吐いお、病院に運び蟌たれた。

 病状は末期で、もっおあず䞀ヶ月だず、医者に蚀われた。


 満里奈は泣いたし、僕も䞀人で泣いた。


 


「悪かったな、暹。満里奈のこず」

「  䜕のこずさ」


 癜い病宀。痩せ现った兄貎が、入院着で暪たわりながら、口を開いた。


「お前は満里奈のこず、寝取られた、俺に裏切られたっお思っおいるかもしれないけど」

「――思っおないけど」


 兄貎は右手でそっず僕を制した。


「お前ず䞀緒でさ。俺もずっず奜きだったんだ。満里奈のこず。正盎、小孊生の時、あい぀が初めお家に来た時、もう奜きだったんだず思う」


 桜咲くあの日。陜光を背に埮笑んでいた満里奈。


「だけどあい぀は俺じゃなくおお前のこずが奜きだった」

「――䜕蚀っおんだよ」

「だからあの日、半ば匷匕に満里奈を襲った。どうしおも俺のものにしたかったんだ。――䜕も倱いたくなかったから」


 自嘲気味に口角を䞊げる。


「あの倜、お前に芋られおいたこず、俺は気付いおたぜ。――あい぀もな」


 䞀蚀も発せなかった。


「こんなこず蚀える立堎じゃないけどさ。俺が死んだら、満里奈のこず――頌むよ。お前達二人は、俺の倧切な家族だから。本圓は、䞖界䞀お䌌合いのカップルなんだから」


 それから䞀週間が経ち、瀬戞地はこの䞖を去った。

 

 


 䞀呚忌がもうすぐやっおくる。


「ねぇ、矩姉さん。矩姉さんはずっずこの家にいるんだよね」

「  うん。その぀もりだよ」


 圌女は玅茶を矎味しそうに飲む。

 小孊生の頃ず倉わらない暪顔で。


「だったらさ、䞀呚忌が終わったら聞いおほしい話があるんだ。あず、その時からきっず、満里奈呌びに戻すよ」

「――うん、わかった」


 僕らは今、真倜䞭にいる。

 でもきっず、明けない倜はない。


 あの日、桜の季節に、君が珟れた時から、僕だっおずっずずっず奜きだった。

 

 今はただ矩理の姉シスタヌむンロヌず矩理の匟ブラザヌむンロヌの関係だけど。

 僕は君ずずっず䞀緒に生きおいたいず思うんだ。

 兄貎の分たで。い぀たでも、――ずっず。

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