イエローモンキーズ
石田宏暁
真夜中
首都から少し外れた田舎道だった。
生い茂った森に囲まれていて、近くには小さな
「昔、ばあさんと山菜を取りに来たのも、こんな森だったっけ。そもそも何でこんな戦争が起きたんだ?」
「子供の喧嘩と一緒さ。欲しいものが一つしかなかったら、連中はいつまでだって喧嘩し続ける。お前こそパンが一切れしかなかったら平気で人を殴り付けるくせに」
「殴りゃしない。迷わず殺すさ、気に食わねぇやつならな」
四人の傭兵はそれぞれバラバラの軍服を着ていた。タイガーストライプ、砂漠用迷彩、無地のカーキと、都市迷彩服。平屋建ての廃墟に五人目にいたのは、紺のスーツを着た日本人サラリーマンだった。
玄関のポーチから一部屋目にはテーブルと椅子があり、カビくさい床のカーペットは踏み込んだだけで埃がまった。椅子に座った大男は、日本人を座らせた。
「見つかったのが俺達でよかったな。一般人」
「え、ええ。寺坂と申します」
寄せ集めの傭兵部隊にもリーダーはいる。薄くなった髪をオールバックにした年配の男がボスだと分かった。動物的な勘ではなく、胸もとについているバッジで。
「ハリックだ。地雷にかかったようだが、積荷は何だ?」
「あれは個人用の核シェルターです。納入してすぐに立ち去るつもりでしたが、本社はまだまだ売れると踏んで余分に積んだんですよ。ああ、本社にレッカーは呼んでいます……今なら格安でお分けできますよ、小型で高性能な日本製です」
ハリックは眉を吊り上げて、呆れたという顔をした。「この辺じゃ何ヶ月も小競り合いが続いているんだぜ。今更そんなものが売れるかよ、
部屋の奥で、ふたりの傭兵が砂漠迷彩の男を殴りつけていた。敵軍のスパイだったと聞いて、鼓動が激しくなった。自分にも疑いが掛かったらと思うと胃の奥が軋むように傷んだ。
「ひゃっはっは」部下の男は薄気味悪い表情で愉快そうに笑った。「これ以上、殴ったら死んじまうかもしれねぇな。弾が無駄にならないで済むぜ!」
「それくらいでやめておけ!」ハリックは寺坂をじっと見た。「昨晩のシステムダウンで大本営もパニックなんだ。まったくイライラするぜ、電力まで破壊しちまったら寒さで、こっちがやられちまう。お前らは、奥に行ってろ」
血まみれで膨れ上がった顔をした男が引っ張り上げられて別室に運ばれて行った。寺坂とハリックはテーブルを挟んで二人で見合った。
「すまんな、あんたには手を出させない。正直、手を焼いてるんだ。傭兵は殺戮を楽しんでいるが、皆が皆あんな乱暴でいかれた人間じゃないと知っておいて欲しい」
「あ、あなたはずっと親切にみえます」固まった表情のまま笑顔を作った。その引きつったような表情を見てハリックは笑いを浮かべた。
「日本人っていうのは戦争をしないんだってな。非核三原則とかいうんだろ。武器も持たず、わざわざこんな危険地帯で仕事をする理由はなんだ?」
「妻が、病気でしてね」寺坂はごくりと喉を鳴らして答えた。「危険な地域の仕事ほどギャラがいい。戦争で殺される人間もいれば、病気で死ぬ人間もいる。まあ、こんな棺桶を売り歩く時間があるなら、一緒に過ごすべきかもしれませんが」
「金の為ならなんだってやる金の亡者……って訳でもないようだな。おれの家族も、この戦争で肺機能を患ってな、金がいる。つまり、ああいう連中を仕切って無茶なことをさせないように見張る人間が必要ってことさ」
この戦争では既に二千トン以上の劣化ウラン弾が使用されていた。その影響を受けたのは兵士だけではなかった。汚染された大気により多くの一般市民に肺機能障害が見られていた。
中央政府はその因果関係を隠すように、この戦争を悪化させていった。誰もが戦争を一刻も早く終わらせるために戦争に加担した。
「この仕事が終わったら、妻を連れて空気の綺麗なところでジャムでも作って暮らすつもりです。あなたは、どうなさるのですか?」
「ハハハッ、俺は人殺しだ。金は残せたとしても、二度と家族に受け入れてはもらえない。そう簡単にはジャムは作れない。妻は新しい旦那と幸せになるからな」
「そんな……戦争は、じきに終わるはずです。あなたは命の恩人です。記念写真だけでも撮らせてください」
寺坂は日本製のカメラで三人を映した。もし、戦争が終わったら会社を訪ねてほしいと言って名刺を渡した。日の昇る前にレッカー車と武装した国家治安部隊のジープが二台、
「気を付けて行きな。嫁さんを大事にしてやれよ」
「はい。では失礼します」
ジープには機関銃が装備されており、若い兵士がこちらを見降ろしていた。大男は身分証を確認すると分厚いフードを取って言った。
「寺坂登、セールスエンジニア。わたしは、国連治安部隊のオールトマン中尉だ。安全区域まで送ろう。脱獄兵が彷徨いている、はやく乗ってくれ」
二十分ほど進むとジープはハイウェイ四号線に突き当たり、二台の戦車が止まっていた。昨晩、大本営のシステムがダウンしたのは知っていた。通信システムや監視システム、防衛システムまでが、復旧を待っている状態だった。
「本部のシステム復旧を手伝ってきた帰りか。エンジニアの仕事に個人用核シェルターの販売、エコノミック・アニマルとは聞いていたが呆れた人種だ。それほど金儲けが好きなのか。まあ、よくやるよ」
「ははは、運良く傭兵の方々に救われました。兵士を拷問にかけていましたが、彼らは小屋から出て来ませんでしたね。武装したジープが一緒に来るとは思わなかったからでしょうか」
「なんだって? その部隊は三人だと言ったな。脱獄兵も三人……人相はわかるか。こいつで確認してくれ」
「え、ええ」
オールトマン中尉が手渡したタブレットに、寺坂は日本製のカメラを接続した。つい一時間前に撮影した傭兵と、大本営のデータを照合すると三人が敵対国の脱走兵だと認証された。
「おいおい、なんてこった。あんたは本当に運がいいな。こいつらは
※
二十人の治安部隊が武装したジープと戦車に分かれ山道を引き返して行った。真っ黒な空にフルオートで掃射される銃声が響き渡る。傭兵は心臓を撃ち抜かれ口から血を吹いて倒れた。
もうひとりの傭兵は振り向きざまに頭を撃ち抜かれ、膝を付いて倒れた。治安部隊の面々は小屋にむかって一斉に射撃を開始した。そのまま銃撃は二分以上撃ち続けられた。
オールトマンが怒鳴り声をあげて
一時間後、散乱した小屋の外で更に一人の傭兵が拘束された。砂漠迷彩を着た男はハリックと名乗った。
部下のひとりが敬礼をして叫んだ。「素晴らしい功績です、オールトマン中尉。脱獄した三名の死体を確認しました。ええ、データで称号した二名に間違いありませんが、ひとりは顔の形もかわっておりまして――」
「……」
ジープに乗ったオールトマン中尉はどうも腑に落ちなかった。疑念を拭いきれなかった。日本人が言っていたことと、何か食い違うことがある気がした。
日本人は一人のスパイを三人が拷問していたと言っていた。その三人が脱獄兵に違いないと決めつけていた。
だが拷問により顔認識されていない男が、脱獄兵だとは常識的に考えて不自然だった。仲たがいをしたのでなければ。
そんなはずはない。楽観主義もいいところだ。日本人の証言が間違っていたということだろうか。顔が認識できない男はいったい誰だ。
「ハリックといったな」オールトマンは小屋の付近で拘束されたという男の襟首を掴み上げて問いただした。「何をみた。あの三人が脱獄兵で間違いはないのか?」
「馬鹿をいうな、俺たちは同盟軍傭兵部隊だ。いきなり砲撃をはじめやがって、何の話をしているんだ。聞きたいのはこっちのほうだ!」
日本人から貰った防弾チョッキがなければ死んでいた。そして彼は私だけに、二時間ほど小屋から離れるよう指示をした。家族の肺機能に効く薬品を紹介するという条件だった。
意味が分からなかった。分からないが、巧みな手法を駆使して軍の包囲網を突破したのは事実だった。
日本人――彼らは土下座と腹切りの精神を持ちつつ、綿密で繊細な計画を立てる。常に二手、三手先を読みながら、仕事中の手を休めない。礼節や規律を重んじるうえに、各々が自分で考え行動する。
欧米では全体の二割が仕事をすれば八割の人間はサボタージュにはしるといわれる。だが日本人は誰も見ていない場所でこそ、二倍も三倍も仕事をするという美徳を持っている。
長い夜が明けていた。数キロ離れた廃倉庫で、寺坂はレッカー車からグレーのバンを下ろした。積荷のシェルターのハッチを開けると民間人の子どもたちがゾロゾロと汗だくになって這い出してきた。
「こんな狭いところに閉じ込めておいて、死ぬかと思ったよ!」
「うっ……たしかに殺人的な汗臭さだ」鼻にハンカチをあてながら寺坂がいう。
「一体、このシェルターに何人閉じ込められていたんです?」
「三十二人かな」
「こんな居心地の悪いシェルターは誰も買わないでしょうね」
「そうだろうね、贅沢は言えないけど」
システムをダウンさせて三十二人を救い出し、包囲網を突破したうえ、身代わりの兵士の顔写真を脱獄兵とトレースしてすりかえた。
追っ手は無し、残業代のつかない安月給のサラリーマンにしては上出来だろ。僕らは争いは好まず武器も持たない。だが罪のない子供を見過ごすことは、絶対にしない。
END
イエローモンキーズ 石田宏暁 @nashida
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