真夜中の恋人たち

天田れおぽん@初書籍発売中

第1話

 昨今の真夜中が何時なのかは曖昧だ。


 慎二は切れ長の目に鋭い光を宿らせて、口元をキュッと引き結んだ。


 日付の変わり目は、怪異が起きやすい。特に、最近の奇の国屋近辺では。


 妖怪の類を見かけること、そのものは珍しいことではない。

 そもそも、奇の国屋は人界ウオッチャーに部屋を提供しているホテルなのだ。

 妖怪が出たくらいでヒィヒィ言っていては、おまんまの食い上げである。

 だが、大事なお客様が喰われてしまうというのであれば、話は別だ。

 そこで呼ばれたのが、三枝慎二だったというわけである。

 怪異対策班に所属する慎二にとっては、この類の依頼が日常業務なのだ。


「――あぁ、来たね」


 闇の中で目を凝らすと、何かがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

 それは人間のようでいて、そうではないもの。

 妖怪ですらない。

 黒いローブのようなものを着ているものの、そのシルエットは明らかに人間とは異なっている。

 なによりも異なる点は、命を持ってはいない所だ。


「目的は、なんだ?」


 異形に、慎二は問うた。

 純然たる悪意。

 人の心にある、ごくありふれた感情も集めて固めたら手強い怪物になる。

 相手はフードの下でニヤリと笑ったようだった。


『……』

「だんまりか……」


 どうやら、会話をする気はないらしい。

 なら、さっさと終わらせるだけだ。

 慎二は刀を鞘から抜いた。

 暗闇の中、妖しく煌めく鋼。

 その切っ先を相手に向けながら、一気に間合いを詰める。


「……!?」


 刹那、ゾワっと背筋を悪寒が駆け上がった。

 本能的にその場を離れる。

 一瞬前まで、他愛ないと思われた存在が、その姿を変えた。


『……!!』


 全身を覆うローブの中から、無数の触手が伸びてくる。


「チッ!!」


 慎二は舌打ちしながら飛び退いた。

 斬っても斬っても、再生する触手。

 この手合いは厄介だ。


 本体さえ潰せれば良いのだが、その隙がない。

 慎二の持つ魔剣であれば、悪意の塊である異形でも倒すことが可能なのだ。

 だが、次から次へと伸びてくる触手をなぎ払いながらでは、近付くことさえ難しい。


「これではキリがない……」

 

 それではマズイのだ。

 今日はズルズルと仕事を長引かせるわけにはいかない。

 約束があるのだ。

 ここで、時間をかけるわけにはいかなかった。


「今日は使いたくなかったけど、仕方ないか……」


 慎二は覚悟を決めると、手にした刀を地面に突き刺した。


「来たれ、天翔ける竜よ……」


 詠唱とともに、地面が淡く発光する。

 その光が収まると同時に、地中から巨大なドラゴンが現れた。


『ギァアアアッ!!』

 

 異形が絶叫を上げた。

 ドラゴンが現れるやいなや、噛み付いたからである。

 頭から巨大な口の中に飲み込まれた異形は下半身を残して消えた。

 その残りさえ、ドラゴンの口から放たれた火の中で悶えながら消えていった。


「いやぁー、いつもながら仕事が早いね、和美ちゃん」


 和美ちゃんと呼ばれたドラゴンは、シュルシュルと姿を可愛らしい女性へ変えた。


「もうっ。今日はデートって言ったでしょっ? 仕事はナシだって!」

「僕もそのつもりだったけどさー」

「けどさー、じゃないっ。仕事になっちゃったら、約束破ったことになるでしょ!」

「まぁまぁ」


 ―― 悪霊どもよりも和美のほうがよほど怖いな ――


 慎二は苦笑を浮かべつつ、愛しい恋人の頬にキスを落とした。

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