第24話


 なんとか当初の目論見通りアメストリアを味方に引き込み、同時に法国の特務機関アンドロメダの隊長であるレノス・マックールを拘束する事に成功した俺は、怯えているのかやたらと大人しくなったアメストリアを連れて拠点である“狼の隠れ家”へと帰還した。


 ところが目の前には「本日の営業は終了しました」の文字が。今はバリバリ夜だからそりゃそうよ。


「閉まってる」


「俺だ、開けろ」


『──合言葉は』


「エルトフレイスは俺の嫁」


『どうぞ』


「ええ……」


 澄ました顔で間抜けな合言葉を放つ俺を見てアメストリアが少し呆れている。

 分かりゃいいんだよこんなもん。


 キィ、と音を立てて扉が開き、遠慮なく店内に入った俺が見たのは、とても恥ずかしそうに両手で顔を覆う嫁の姿。ついでにヒルダもいた。


「もう、なんで合言葉がそれなのぉ……」


「分かりやすくていいだろう。この店が俺と関係していると知っていなければまずバレない合言葉でもあるしな」


「それはそうだけど、もっと他にあったと思うんだ……まあ、いいか。おかえり、レジェス! 怪我はない?」


「ああ、ただいま。見ての通りだ。とりあえずここで話すのも何だろう、詳しいことは地下で、だ」


「わたしは店番してた方がいいですかー? まだメゾバルド先生とティロっちが帰ってきていないのでー」


「む、そうか。分かった、そうしろ。俺は先にこいつとレディリーを再会させておく」


「了解でーす」


「……ここに、お姉ちゃんが……」


「そっか、この子がアメストリアちゃんなんだね。うん、ついておいで。ちょうどさっきレディリーちゃんが目を覚ましたところなの」


「ほんと!?」


 レノス・マックールと先んじて交戦し、奴を俺の元に誘導する役を担ったメゾバルド先生とティロフィアがまだ帰ってきていないという事は、あるいはまた何か動きがあったのかもしれない。勘弁してくれよ。


「ヒルダ、こいつが件のマックールだ。丁重にもてなしてやれ。どうせ待っている間はお前も暇だろう?」


「あはっ、了解です。万事抜かりなくー。一応、壊しちゃダメなんですよね?」


「ああ、そうだな。記憶を改竄しておくのを忘れるなよ。でないとせっかく味方にした隊員どもが使いにくくなる」


「はーい」


 ようやく姉に会えると分かって慌ただしくエルトフレイスを急かすアメストリアが地下室に降りていったのを確認してから、簀巻きにしておいたレノス・マックールの身柄をヒルダに引き渡す。

 丁重にもてなしてやれ、というのはつまり記憶を覗いて情報を粗方抜き出し、こちらに寝返ったアンドロメダの隊員たちを使うにあたって都合のいいようにレノス・マックールの記憶を処理しておけ、と命令したのだ。

 こいつだけは法国に送り返すつもりだからな。メッセンジャーとして活用しない手はないだろう。


 魔法に秀でたヒルダはそういった処理に長けているのだ。あんまりエルトフレイスには知られたくないけど。



 そんなわけで地下に降りると……。



「──お姉ちゃんッ!!」


「ああ、アメス……久しぶりね……! よかった、無事で本当によかった……!!」



 包帯で身体の様々な所を覆った痛々しい姿のレディリーが、実妹のアメストリアと抱き合い涙ながらの再会を果たしていた。

 二人の周囲はこちらに寝返った特務機関の隊員たちがちゃっかり占拠しており、そのほとんどが号泣している。幼馴染のユラリスに至っては姉妹に抱きついて一緒に涙を滝のように垂れ流していた。


 その様を、アリスと手を繋いだエルトフレイスが優しく見つめている。


「よかったね、レディリーちゃん……」


「ふん、そういう契約だからな。反故にしたのでは俺の沽券に関わる」


「……!」


「またそうやって、素直じゃないんだから」



 俺の声に反応してズバッと振り向き、ぺこりと頭を下げるアリスを手で制してから床に座り込む。


「大丈夫、レジェス?」


「ああ。なんとかこれでひと段落着いたのだから、休ませて欲しいものだ……」


「やっぱり別の勢力も来るのかな」


「恐らくな。まったく、やれやれだ。それだけこの聖杯が強力という事ではあるが」


「持ってきたんだ?」


「借りてきただけだ。黒毛猿も、自分のアーティファクトが原因でレディリーが負傷した事を随分と気に病んでいたぞ」


「そっか……あ、ほらレジェス。アリスちゃんがお水を持ってきてくれたよ」


「…………」


「ああ、ご苦労」


 いくら時魔法があるとはいえ、気を抜けば即座に急所をぶち抜かれてあの世行きになりかねないレノス・マックール程の達人との戦闘は心が疲れる。


 今ぐらいは、ゆっくり休んでもバチは当たらないだろう。



 ◆



 数十分後。

 何やら上で聞き覚えのある騒がしい声が響き、俺はため息を吐いて立ち上がった。


 休憩時間は終わりらしい。


「おーっすバランドール! この俺が来てやったからには百人力だぜ!!」


「お邪魔しますぞ。まさかカフェの地下にこのような空間があったとは、驚きですなぁ」


「うわー、広っ! なんか武器とかもたくさん置いてあるし、いかにも秘密基地ってカンジ!?」


「け、怪我人が居ると聞いて飛んできましたぁ……あっ、あなたですねぇ?」


「あはは、すいませんレジェス様ー。黒毛猿御一行のご案内でーす」


「ううむ、すまんなバランドール! 何やらライトがパーティーメンバーと共に夜の街を徘徊しているのを見かけてな!! 絶対に力になるからと、ああも熱く訴えられては止められん!!」


「はぁ……今は人手が必要だからと目を瞑りましたが、果たしてお猿様たちが役に立つのかどうか……」


 戦力としてあてになるかは怪しいが、どうせ持ち前の正義感を発揮したのだろう。同時に、メゾバルド先生のお節介がミラクルフュージョンしてライト御一行を連れてきてしまった、といったところか。


 先生とティロフィアが帰還するまで妙に時間がかかっていたのも、道中でばったりライト御一行と出くわしたから、でいいのか?


「やれやれ、遊びでは無いのだが……来てしまったからには仕方あるまい。状況を説明してやる。各自適当に座れ」


「レジェス……まあ、ライトなら追い返してもどうせ勝手に動いちゃうもんね……。それならこっちの指示に従ってもらった方がいいか」


「そもそも夢幻の聖杯は俺たちの持ち物なんだ。それが狙われてんのにただ指をくわえて見てるだけ、なんておかしいだろ?」



 それはそうなんだが、今のライトがいたところでどうこうなるほど温い相手じゃないからなあ。

 法国の特務機関は退けたとはいえ、まだまだこの世界には強い奴らがたくさんいる。


「先日から我が都に潜入していた法国の特務機関、アンドロメダはそこにいる隊員たちが俺の下に寝返り、唯一説得が不可能である隊長も無事に拘束した。故に、今夜をもって実質的にアンドロメダは壊滅したわけだ」


「まさかアメスとタイチョーを相手にして無傷で帰ってくるとは思わなかった。なんだかアメスも怯えてるし、どんだけやべーんですかあんた」


「おや、貴女はあの時の……道を案内して差し上げた方ですな。改めてよろしくお願いしますぞ」


「……なるほど、あんたが当たりだったのか。ま、よろしくですよ」


 おや。

 どうやらバルトロメオが遭遇した旅人風の女性というのはユラリスだったらしいな。


「アンドロメダの隊長、レノス・マックールの処理に関してはヒルダに任せれば問題ないとして……夢幻の聖杯を狙う輩は何も法国の連中だけではない。遠からず、他の勢力も潜入してくるだろう」


「あの国は来そうだな、とか予想できたりはしないの?」


「何も狙ってくるのが“国”だけに限るというわけでもない。裏組織の連中とて欲しがるだろうが……いずれにしても一定以上の規模を持つ勢力ばかりだろうな。何せ目的のアーティファクト、夢幻の聖杯は世界でも有数の大国である我が国の都にあるのだから」


「そう考えるのが妥当だな!! 加えて、バランドールたちが遭遇したという悪魔も狙っているのだろう?」


「ええ、そうです。先生の仰る通り、いずれは必ずあのラウムという大悪魔が再び俺たちの前に姿を現すことは間違いない。その事もしっかりと各自覚えておけ」


「えーっと、つまり……?」



 レディリーとアメストリアのアホ姉妹に加え、聖杯の本来の持ち主であるライトも首を傾げている。

 いや、お前は分かっておけよ。


「揃ってアホ面並べおって……つまり、今は“待ち”の時期という事だ。何か動きがあるまでは親睦を深めるなり訓練するなり好きにしろ。俺は寝る」


「「えーっ」」


「…………文句でも?」


「「なんでもないです」」


「ふん……」


「あ、待ってよレジェス! じゃあ皆、そういう事だから!」


「…………!」


 この地下アジトにもしっかりと用意してある俺の寝室に向かうと、ひとまずの世話役であるアリスはもちろんだがエルトフレイスも当然のようについてきた。

 もう彼女の中では俺と一緒に行動するのが当たり前になっているらしい。かわいい。


 それはいいのだが……。


「……なんだこのファンシーな部屋は」


「かわいいでしょ? あなたを待っている間、ただじっとしてるのもアレだからアリスちゃんと二人で部屋を整えたんだよ!」


「…………♪」


 ねー? と可愛らしく声をかけるエルトフレイスに頷き、こころなしか得意げな顔をしているアリス。

 二人には悪いけど、これはちょっとばかり居心地がよろしくない。

 ライトあたりが見れば爆笑しやがるのではないだろうか。


 小さな人形に、可愛らしい小物類……。

 ベッドの枕はハート型になってるし、あそこだけラブホみてぇだなお前な。


「…………まぁいいか。俺は疲れたんだ、さっさと寝させろ……」


「ちょ、お風呂は?」


「起きてから入る」


「…………!!」


「そんなのダメだよ! そうやって後回し後回しにしてたら、癖になっちゃうでしょ!」


「おい、分かった。分かったから引っ張るな二人とも。自分で歩ける」


 ぶんぶんと勢いよく首を振るアリスとご立腹なエルトフレイスに風呂場まで連行され、強制的に一風呂浴びる羽目に。

 なかなか遠慮が無くなって来たじゃないか君たち……。



 そんなこんなで一時の平穏な日々を過ごして一週間後。

 そろそろ復学するべきか、と考え始めた頃に事態は急展開を迎える。


「レジェス様、ご報告が──」


「よいしょ、と。のんびりしてるところすいませんレジェス様ー。ちょーっとお耳に入れたい事が──」


「「む」」


「……はぁ。そうか、よりによって同時に動いたか……」



 諸勢力の動きを探りつつ、地下アジトで充実した日々を……もとい、待機していた俺の耳に飛び込んできた急報。


 合法、非合法を問わず様々な手段で入手したアーティファクトを各所に売り捌く死の商人、「プレゼンター」。


 国境を超えた広い範囲で暗躍する過激派宗教組織ユグドラが抱える影の集団、「ブラックヴォルフ」。


 この二つの勢力が、夢幻の聖杯を狙って動き出したようだ。

 しかも、ブラックヴォルフの方はライト御一行のアサシン、リディアと深い因縁があったりする。


 俺たちとプレゼンター、そしてブラックヴォルフの三つ巴になるか、これは。

 まさに一難去ってまた一難。まったくもってやってられん。

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敵役転生 おっぱい聖女と結ばれる、たった一つの冴えた生き方 初音MkIII @ouga1992

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