第23話


 頼みの綱だったであろうアメストリアのまさかの裏切りに、目に見えて分かる程に動揺し、血管がビキビキと浮き出る程に怒りをあらわにするレノス・マックール。


 そんなこいつが余計な事をしでかす前に、さっさとやるべき事をやっておこうか。


「夢幻の聖杯よ、偽りの世界を現出せよ」


「わ、景色が……」


「これが、夢幻の聖杯の力か……! やはりそれは我々にこそ相応しい!! レジェス・バランドール! 今すぐにそれを渡せ!」


「たわけが。何故この俺が貴様ごときの言うことに従わねばならんのだ」


「ちっ、愚かな無神論者めが……!」


 腰に固定しておいた夢幻の聖杯を手に取り、その力をもって王都の中に夢幻の世界を作り出す。

 こうすればこの空間にいる限りは周囲への被害を気にする必要は一切無くなる。偽りの世界と本物の世界との間に一種の結界が生成され、民家をはじめとした王都の建造物を破壊し、民間人を巻き込んでしまう恐れが無くなるからな。

 これでレノス・マックールの自爆戦法を警戒せずに済むし、俺も遠慮なくぶちかませるというものだ。


「アメストリア。これで王都の民を巻き込む恐れはなくなった。遠慮なく全力を出して構わんぞ」


「レジェス……なんで?」


「貴様自身、貴様を散々こき使ってくれたであろうあの男には恨みの一つや二つはあるだろう」


「……うん、ありがと」


 アメストリアは目を丸くして俺を見ているが、これは決して善意から来る行動ではなく利用価値が高いこいつに恩を売って好感度を稼ぐと同時に、所詮は上辺だけの知識でしか知らないこいつの実力をしっかりと把握しておきたいという思惑がある。

 ま、口には出さんけど。


「アメストリア、貴様……本当に祖国を裏切るつもりか!?」


「うるさい、バカ。ハゲ。祖国祖国って、おまえたちレヴァナシア法国の連中をよくおもったことなんて一度もないし、わたしにとってはお姉ちゃんのそばがかえるべき場所」


「不信心者め……! 貴様らのような役立たず、スラム街のゴミどもが生きていられるのは主が示された最後の慈悲なのだぞ!!」


「じひ、とか、しんこう、とか。そんなむずかしいことはよくわかんない。はらの足しにもなりゃしない。かみさまなんてクソくらえだ。ばーか、ばーか」


 明らかにおツムが足りていない言葉を並べるアメストリアに若干呆れる俺。一方、自分が信じる神をコケにされたあの男は……当然の事ながら、キレ散らかしていた。


「大いなる主を愚弄する貴様は、万死に値するッ!! 心臓ごと“黄昏のルーン”を抉りだし、新たな実験台を探すとしよう」



 顔を憤怒に歪めながらも、瞬く間に距離を詰めアメストリアの心臓目掛けて剣を突き出しつつ冷徹な言葉を放つレノス・マックールだったが──。


「わたしに剣は効かない」


 意外と冷静なアメストリアが視線を合わせると、レノス・マックールが突き出したお高いであろう剣は一瞬で消滅した。


 暗殺ならともかく、こうして向かい合っての戦闘ではアメストリアに近接武器で挑むのは無謀というほかない。そんな事は分かりきっているはずだが、余程頭に来たのだろう。


「ちっ……ふん!!」


「うっ」


 しかしさすがの反応速度というべきか、剣が消し飛ばされたのを見たレノス・マックールはそのまま拳を握り、アメストリアを殴り飛ばした。


「術式展開。コード“闇の衝撃”、解放」


「甘いわ!!」


 生まれた隙を突くべくすかさず接近戦用の闇魔法を放つ俺だが、しかしさすがに予想していたのか素早い身のこなしで回避されてしまった。


 うーむ、やはりというべきか何から何まで動きが早い。単純な魔法で狙って撃ってーなんてやっても一生当たらんなこれは。


「よけてね、レジェス。“黄金流星群”」


 おっと、ぶっ飛ばされたアメストリアも接近戦では分が悪いと察して点ではなく面での制圧に切り替えたか。


 当たったものを消滅させる黄金の光が雨のように降り注ぎ、ゆらりゆらりと踊るように回避するレノス・マックールを捉えにかかる。

 そんな事気にしていられないとは分かっちゃいるが、おもいっきり俺も範囲内なんですけどぉ!!


 当たり前と言えばそうなんだが、つい先程まで敵同士だった俺とアメストリアじゃ連携のれの字もあったもんじゃないな!


「俺ごと殺す気か貴様」


「でもしっかり防いでる。おみごと。ていうかなんで防げてる?」


「何がお見事だ、やかましい。貴様が持つ黄昏のルーンの力はあくまでも時間を操るものだ。ならば同じく時間を操る時魔法で対抗できない道理は無い。つまり、貴様自身が流星群を浴びてもピンピンしているのと原理は同じだ」


「……なるほど、わからん」


「アホめ」


 黄金の流星群がおさまり、バリバリ範囲内に居ながらも無傷でピンピンしている俺を見て、本当に心底不思議そうな顔をするアメストリア。

 このバカ、俺が死んでも自力でお姉ちゃんを見つけ出すからいいやぐらいにしか思ってねえなさては。



 と──。



「──アメストリアァァァ!!」


「ッ!? くっ、この……! 破ッ!」



 さすがに対抗手段も無しにあの黄金の雨を無傷で凌ぐのは無理だったようで、片腕を失い服もぼろ切れのようになった満身創痍のレノス・マックールが、血塗れになりながらも鬼気迫る形相で突撃してきた。


 その様にさすがのアメストリアも恐怖を覚えたのか、咄嗟に右手を突き出して黄金の光を放つ。が、まあさらりと避けられる。狙いが分かりやすいからなあ。


「裏切り者に、死をぉおおぉぉ!!」


「ひっ……」


 悪鬼のような男に、恐怖に顔を歪ませた少女が悲鳴を漏らす。

 まあ、今はこんなものか。

 火力はピカイチだが、戦い方に関してはまだまだ訓練が必要だな……。



「術式展開。コード“時間凍結”、解放」




 世界が、止まった。



「この男ならばそうそう容易くはくたばるまい。さっさと意識を奪って拘束するか」


 片腕で剣を振り上げたままのレノス・マックールと、年頃の少女らしく表情を歪ませたまま止まるアメストリアを観察し、どうやらこれ以上の手は出せなさそうだと判断。


 遠慮なく、幕引きといこう。


 この世界にはあまりの凶悪さから使用を禁じられた魔法が幾つも存在し、その中の一つに「精神魔法」がある。


 属性的には闇魔法に分類されるこれは、文字通り他者の精神を操る危険極まりない代物であり、倫理観だのを抜きにしても単純に習得難度が高く、実戦的なレベルで扱える魔法使いは世界中を見てもほとんどいない。


 しかし俺は稀代の大天才にして未来の暴君の素質を持つレジェス・バランドールだ。

 当然といってはなんだが、この禁術をも手足のごとく使う事ができる。


 バレると名声も何もかも地に落ちるから表立っては使えないが、逆に言えばバレなければ犯罪ではないんですよ。



「術式展開。コード“心縛牢”、解放」



 これでよし。

 なぁに、ちょっと叩けば元に戻るさ。その程度で抑えてあるからね。



 さて。



「時よ、動け」



「ひっ……え?」


 猛スピードで突撃してきたはずのレノス・マックールがいきなり意識を失い、倒れた事に目を白黒させるアメストリア。


 彼女の視点から見れば明らかに不自然すぎて意味がわからんだろうな。


「な、なんで……」


「俺が時間を止めて対処した。貴様も、年頃の子供らしい声を出せるじゃあないか」


「時間を、止めて……? うそ、だったらわたしにも見えていたはず……」


「たわけ。世界に対するアーティファクトの干渉力を俺の力が上回れば、たとえ“黄昏のルーン”を埋め込まれた貴様だろうと時を止める事は十分可能だ」


「……なに、それ……人間が、アーティファクトを上回る……? ばけもの……?」


「喧嘩を売っているのか?」


「ご、ごめんなさい」


 俺の天才っぷりがアメストリアの想像を遥かに超えていたのだろう。彼女は自分の中にある「黄昏のルーン」の防御を力尽くで貫通した俺を怯えた目で見つめ、小動物のように縮こまってしまった。



 これはこいつの反応が特段おかしいというわけではなく、むしろ極めて常識的であると言える。

 この世界において、アーティファクトというのは現在の人類では遠く及ばない超越的な存在なのだ。


 それをゴリ押しで上回ってしまえるレジェス・バランドールが、現人類史上空前絶後の“才能の怪物”というだけで。


 改めて、とんでもない人物になってしまったものだと実感するよ。


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