第22話
夜の風が頬を撫でる。
思えば、こうして一人きりになるのは俺が
「さて、上手くやれよ……」
邪魔にならないよう腰に固定した聖杯を手に取り、清らかな水を魔法で注いで喉を潤しつつ独りごちる。
今夜法国の特務機関を相手にするにあたって、より確実に俺の元へとターゲットを誘き寄せるために、わざわざバルトロメオ宅へ赴いて黒毛猿から「夢幻の聖杯」を借りてきたのだ。
これで否が応でも奴らは俺を狙わざるを得なくなる。
こう言うのはなんだが、この聖杯を狙う連中によって俺の部下が重傷を負った事を知ると、黒毛猿は罪悪感に塗れた表情と共にあっさりと貸してくれた。
バカなのは間違いないが、やはり心根からして善人なのだろう。
「…………始まったか」
馴染みの薄い魔力と、見知った魔力がぶつかり合うのを感じた。
メゾバルド先生とティロフィアが予定通りレノス・マックールを発見し、交戦を開始したのだろう。
そしてこちらも──。
「ようやく見つけた……レジェス・バランドール……!! お姉ちゃんを、返せ!!」
「術式展開。コード“時間固定”、解放」
「!!? くっ、無駄!!」
「ああ、分かっている。よく来たな」
人間兵器、アメストリア。
レノス・マックールに……そして法国に体良く利用されているとは知らず、ただただ純粋に聞かされた言葉を信じて無謀にもこの俺に立ち向かおうとする愚か者め。
「お前さえ、お前さえ倒せば、お姉ちゃんは戻ってきてくれる!! また一緒に笑って、一緒に食べて、一緒に過ごせるんだ!!」
「哀れなものだ。目の前にある真実から目を背け、都合のいい言葉だけに耳を傾けて盲目に突き進むだけ。貴様には考える頭が無いらしい。貴様の姉もアホだが、貴様のそれは姉の更に上を行くぞ」
「お姉ちゃんをバカにするな!! 何も知らないくせに……!」
「それはどうかな」
小柄な体に見合わない、憎悪に満ちた眼で俺を睨みつける大アホを鼻で笑う。
思い込んだら一直線にも程があるぞ。
「さて、もう御託はいいだろう。遊んでやるからかかって来い」
「舐めるな……!! 破ァ!!」
黄金の光がアメストリアの右手から放たれるも、軽く体を動かしてひょいっと避ける。行き場を失った光は俺が腰掛けていたベンチに命中し、輝いた。
ベンチは、跡形もなく消え去っていた。
これこそがアメストリアの人間兵器たる由縁。
心臓と同化した「黄昏のルーン」の力を自在に振るう彼女の黄金の光を受けたものは、生物だろうが物質だろうが問答無用で消滅する。正しくは、「生まれる前」に時間を巻き戻される事で結果的に存在が消えるのだ。
加えて、当たり前といえばそうなのだが時間を操る「黄昏のルーン」の力を持つ彼女もまた、時魔法の真似事ができる。
つまり、アメストリアに時魔法は効果が無いのである。
「即死攻撃というわけだ」
「そうだ……! お姉ちゃんをいじめるお前なんか、消えちゃえ!!」
「やれやれ……聞き分けのないアホ程タチが悪いものはないな……」
だが、だからなんだと言うのか。
俺は正真正銘全ての属性を扱える
「術式多重展開。コード“フレイムランス”、“アクアランス”、“エアランス”、“ストーンランス”、“ホーリーランス”、“イービルランス”、解放」
「……なんて数……でも、無駄!!」
アメストリアの周囲に基本となる全ての属性の魔法を浮かべ、同時に突撃させる。しかしそれもまた、彼女を中心として起こった黄金の爆発によって消滅した。
ついでに、石畳の地面も抉れて土が見えてしまっている。
街を破壊するなクソガキ。
「やれやれ、面倒な奴だ……」
「お前の攻撃なんか、効くもんか!」
「さて、それはどうだろうな」
こいつに埋め込まれた「黄昏のルーン」の力は、時間を操る。だからこいつは時魔法の真似事ができ、時魔法は効果が無い……と先程言ったな。
逆に言えば、時魔法を自在に操る俺にもこいつの力は効かない。故に、実は当たっても全く問題無かったりする。
今はバカの一つ覚えにした方が都合がいいから、避けるが。
「破ァ!!」
「ふん」
「破ァァ!!」
「甘い」
「破ァァァ!!」
避ける、避ける、避ける。
まったく、俺も人のことは言えんが……。
「神を信じぬ者は人に非ず……では無かったのか? 貴様の攻撃が馬鹿正直な光線ばかりなのは、この王都に住む者たちを殺してしまわないように配慮した結果だろう」
「……! 黙れっ!!」
「そうか、不用意に何の罪もない一般人を殺してしまえば“お姉ちゃん”に怒られるものな」
「な、なんで……知ってる……」
「知ってるさ。お前の姉は俺の部下だ。貴様の隊長に襲われて大怪我を負ったがな」
「え……う、うそだ……だって、隊長が、お前がやったって……あう……あうう……!」
「その隊長が、一度でもお前たちを守った事があったか? いいや、無いはずだ。奴にとってお前たちはただの捨て駒なのだから」
「そ、それは……なんで……なにが、わかんない……どうなって……?」
まあつまりそういう事だ。
こいつは昔レディリーから「罪のない人を殺してはいけない」と注意された事を覚えていて、だからこそこうして直線的で見切りやすい攻撃しかして来ない。そうでなければ確実にこの王都に住む民間人を巻き込んでしまうからだ。
はっきり言って、暴走して我を失っていない素の状態のこいつは、俺にとってはただのザコでしかない。厄介な「黄昏のルーン」の力を使った防御を貫通する手段も、俺はしっかりと持ち合わせているしな。
「難しい事は言わん。まずは俺についてきてみろ。そしてお前の姉と会い、その目で、その耳で……確かめるんだ。俺と法国のどちらが正しいのかをな」
「…………お姉ちゃんと、会える……?」
「そうだ。難しい事はその後に考えてみればいい。俺は答えを急かしたりはせん」
極端な話、敵対者絶対コロスマンなアメストリアが味方になりさえすれば、こいつ自身が戦えなくなっても構わないのだ、俺は。どうせ戦力なんぞ俺とエルトフレイス、おまけで成長した黒毛猿が居れば事足りるからな。
いや、今回みたいに人手が必要な事もあるけどさ。
このままいけば普通に説得は成功しそうだが……ま、そうはいかんわな。
何せ、まだ肝心の奴がいる。
「──何をしている、アメストリア!!」
「うえっ、た、隊長……」
「ようやく来たか。待ちわびていたぞ」
レヴァナシア法国特務機関、“アンドロメダ”隊長……レノス・マックール。
ガミガミと小うるさそうな短髪で厳つい風貌の男性で、その服装は冒険者に偽装しているのか比較的軽装である。
少なくとも、金属鎧ではなく革鎧である事は確かだ。恐らくかなり強力な魔物の革から作られた高級品ではあるのだろうが。
「お前ならば厄介な時魔法も効かん! 何を躊躇っている!?」
「だ、だって……街の中で暴れたら、民間人を巻き込んじゃう……」
「……愚か者めが。神を信じぬ者は人に非ず!! 故にこの街に住む者は全て愛しい人類を脅かす獣でしかない! 処分するのに何を躊躇う必要があろうか!!」
「隊長……」
「哀れな奴だ。見ろ、アメストリア。これがこの男の正体だぞ? お前の姉が副隊長として支えていたにも関わらず、その巫山戯た考えを改めない愚か者だ」
「惑わされるなアメストリア!! この男は貴様の姉を誑かし、傷付けた悪魔だ!」
「レディリーに重傷を負わせた張本人が、よく言う。アメストリア、いいから姉と会って直接聞いてみろ。そうすればどちらが正しいのかなんぞすぐに分かる。簡単だろう?」
「レジェス・バランドール……」
「アメストリアッ!!」
ええい、さっきからキャンキャンうるさいぞ。
「術式展開。コード“時間固定”、解放」
「ッ!? くっ、これが時魔法か……何をしているアメストリア! さっさと盾にならんか!!」
おお、さすがだな。
理論的には魔力で感知して回避する事はできるとはいえ、目に見えない時魔法をまさか初見で避けるとは。
「…………お姉ちゃんは、どこ?」
「アメストリアッ!! 貴様!?」
予想もしていなかったのだろう、隊長である自らを放置する事を選択したアメストリアに対し、悲鳴にも似た声を上げるレノス・マックール。
「まずはこいつを捕まえるのを手伝え。交換条件だ」
「わかった」
「アメストリア、貴様!! 私を、国を裏切るのか!?」
「うるさい。レジェスは信用できる。お前は信用できない。それだけ」
「アメストリアァァァ!!」
それだけメゾバルド先生とティロフィアが頑張ってくれたのだろうが、こいつは俺たちの前に現れた時点で既にかなり消耗していた。つまり、ハナからかなり切羽詰まった状況だったわけだ。
だからこそ余裕を無くし、疑いの目を向けるアメストリアに対して有効な言葉を投げかけることが何一つできなかった。
逆に、余裕綽々である上にアメストリアのシスコンぶりをよく知っている俺は、彼女にピンポイントで刺さる言葉ばかりを並べることができた。
この子、難しい言葉を使っても理解できないんだよ。姉以上にアホだから。それを知ってる俺はできる限り分かりやすい言葉を選んだつもりだ。
その結果が出た、それだけだ。
まだまだ後がつかえているんだ、悪いがさっさと片付けさせてもらうぞ。
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