第21話
若き
無論、だからといってただ手をこまねいているだけ、というわけでもない。
「レディリーちゃん、大丈夫かな……」
「…………」
「ふん、アリスはこう言いたいんだろう。あんなアホでも一応は
「レジェス……そっか、そうだよね。信じて待ってあげなきゃ失礼だよね。うん、アリスちゃんもありがとう」
「…………!」
「あ、あれ? 隠れちゃった……」
ま、そういうわけだ。
ヒルダが提案した通り、今はコンビで動いているらしいマックール隊長とアメストリアの二人とは別に行動している連中とまず接触し、顔見知りであるレディリーが単独で説得にあたる。で、無事に成功して特務機関を削れるだけ削ったら、いよいよ俺の出番というわけだな。
「おい、アリス。隠れてないで出てこい」
「……………」
「こ、怖がらせちゃったのかな?」
「そんなわけあるか。ただの照れ隠しだ」
主であり親代わり……年齢的には兄代わりか? の俺が呼びかけると、先程素早い動きで身を隠したアリスがおずおずと物陰から顔を出した。
うーん、小動物。かわいい。
「……おいで、アリスちゃん」
「…………!」
あまり人に慣れていないため、主の妻となる女性に思わず失礼な真似をしてしまったと焦っているのか、両腕を広げて慈母の如き微笑みを浮かべるエルトフレイスのもとに慌てて駆け寄るアリス。
そんな彼女をエルトフレイスはゆっくりと抱き寄せ、自らの膝の上に置いた。
「……!? !?!?」
「大丈夫、今はあたしもレジェスも暇なんだし。ね?」
「そういう問題ではないと思うが……まあいいさ。どうせ直に忙しくなるんだ、今ぐらいはのんびりさせろ」
「…………!!」
繰り返すが、アリスにとってエルトフレイスは主である俺の妻……になる予定の女性という、言ってみれば天上人である。故に、そんな人物の膝に座らせられたアリスはもはや言葉にならない程に慌てており、視線を忙しなく動かして混乱していた。
どうすればいいの!? という言葉が今にも聞こえてきそうである。
「──おやおやー? アリスっちてばまるでご主人様と奥方様の娘みたいだねー♪」
「!?!?」
店の仕事はどうしたのか、ぬるっと顔を出したヒルダの姿を認めて「うっわ最悪な奴に見られたー!?」と言いたげな顔で固まるアリス。ごめん、見てて面白すぎる。
「く、クク……貴様は道化か何かか? なんだその愉快な動きは……!」
「…………!!」
「こぉら、ヒルダちゃんもレジェスもあんまりアリスちゃんをいじめないの。こんなにぷるぷる震えて、かわいそうじゃない」
「ぷふっ……元凶は奥方様じゃないかなーと思いますけど……」
「え?」
「まったくだ。これだから天然は始末に負えん」
「ええ!?」
「…………」
「なんかアリスちゃんにまで同意された気がする!?」
やはり自覚はなしか。
それでこそ俺の嫁。
さて、茶番はさておき。
「で、ヒルダ。何か動きはあったか」
「んー、まずは一人。なんとか説得に成功したみたいですねー。思ったより難航したみたいですけど」
「やったんだ、レディリーちゃん……! でも、難航したって……?」
「どうもあのアホが単独で動いているせいでいまいち今の身分が信用されなかったらしくてー。他所のスパイか何かだと思われたっぽいですー」
「ちっ、あいつにバランドールの家紋が入った物を持たせておくべきだったか……」
「そ、そっか……でも一人成功したんなら、次からはもっと上手くいくよね?」
なるほど。
そもそもの問題として、法国の連中にとってはレディリーはとっくの昔に任務に失敗してそのまま死んだものと思われていたはずだし、それがいきなり現れても本物だとはそうそう信じてはもらえないか。
うーん、とは言ってもなぁ……。
「…………?」
「ん、どうしたのアリスちゃん」
「──静かに。誰か来ます」
「ヒルダ、頃合を見て店に戻れ。それとありったけの傷薬を持ってこい」
「畏まりました」
「えっ、えっ、なに?」
「…………」
事態を飲み込めず混乱するエルトフレイスを見上げ、そっと人差し指を自分の唇に当てるアリス。大人しくしていて、と言いたいのだろう。
まだまだ詰めが甘い。
近付いてくる魔力を感じれば、誰が来たのかなんて一目瞭然だというのに。
しばらくして、全身に切り傷を負った血まみれのレディリーが運び込まれた。
説得に成功したという、特務機関の一員と共に。
「レ、レディリーちゃん!?」
「うぅ……申し訳、ありません……申し訳ありません……レジェス様……」
「ちょっ、マジで傷がやべーんですから喋んねーでくださいよ! あっ、あんたがレジェス・バランドールですね!? 自己紹介は後でするんでとにかくレディリーを助けてください!」
「分かっているし貴様の事も知っているから黙れ。気が散るだろうが。術式展開。コード“時間固定”、解放」
意識を朦朧としながらもひたすらに俺への謝罪を繰り返すレディリーの時間を止め、ひとまずは命を繋ぐ。この状態で治療すればまず死ぬことは無い。
その後、大量の傷薬と包帯を持って現れたヒルダがアリスと共にレディリーを地下拠点の一室にあるベッドまで運んで行った。
ちっ、やってくれたな。
「…………」
「レジェス……えっと、あなたがこっちに寝返ったアンドロメダの隊員……でいいんだよね? あたしはこの人の婚約者、エルトフレイスっていうの。よろしくね」
「あ、そうです。えっと、ウチはユラリス。レディリーやアメス……アメストリアの幼馴染です」
「そうか。まあ察しはつくが答えろ。貴様らの身に何があった?」
「……タイチョーです。あのオジサン、どうもハナからレディリーが生きてる事もあんたの部下になってる事も知ってたらしくて……それで──」
「隊員を引き抜かれると予想して張り込んでいた、とでもいったところか……という事はアメストリアは今、単独行動を?」
「たぶん……でも、ウチはまず確実に裏切るだろうって事で、大した情報をもらってねーんですよ」
「だろうな」
レノス・マックールめ……。
アメストリアとコンビで動いていたのはこちらの手を読んだ上で裏をかくためか。俺が夜になる前に手を打つと予想していたらしいな。
忌々しい。
「でも、レディリーちゃんに重傷を負わせたからもうアメストリアちゃんの所に戻ってるよね、隊長さん」
「あるいはレディリーに怪我を負わせたのが自分ではなく俺だと吹き込んでいるかもな。少なくとも真実は話すまい」
「だけど他の隊員にもレディリーの生存を知られた事は間違いねーです。そこから切り崩していけば、アメス以外の隊員はこちらに引き入れる事ができます」
特務機関で唯一の上流階級であるレノス・マックールは隊員から煙たがられているが、逆にレディリーは元“副隊長”として慕われていた。何せ隊員は法国のスラム街で生まれ育った者たちばかりだからな。
加えて、レディリーが隊員たちを引き抜きにかかると予想できていたのに泳がせていたという事はつまり、レノス・マックールはその気になればいつでも隊員を切り捨てるような男だという事でもある。
まあ、たしかにその方が効率的だろう。人間兵器であるアメストリアを唆して手元に置いておけば、十分に元は取れるのだから。
「気が変わった」
「え……?」
まったく舐められたものだ。
この俺の所有物に手を出せばどうなるのか、あの男に……そしてその背後にいる法国の連中に思い知らせてやらねばなるまい。
「レノス・マックールの相手は他に任せるつもりだったが、やめだ。俺のかわいい部下を傷物にしてくれた礼は直接してやらねばならんだろう」
「で、でもそれじゃアメストリアちゃんの相手はどうするのよ!?」
「そちらも俺がやるさ。ティロフィアたちにレノス・マックールを誘導させ、アメストリアとレノス・マックールを同じ戦場に誘い込めば十分実現可能だ」
「……いくらあんたが
「そんなわけあるか。なんなら俺一人で法国を落としてきてやろうか」
「レジェス……もうっ」
ま、他の勢力が現れる事も考えるとハナからこうするべきだったのかもな。厄介な二人の相手を俺がまとめて引き受ければ、その分のマンパワーを警戒に振り分ける事ができるわけだし。
なんにせよ、夜が楽しみだ。
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