白銀の導き

九戸政景

白銀の導き

 ある日の朝、体に感じる重みで目が覚めると、俺の腹の上では一匹の白猫が眠っていた。


「……何かと思ったらコイツか。夜には隣にいたのに、いつの間に上に乗っていたんだ? まあ、見てて和むから良いけど……思えばコイツとの付き合いももう一ヶ月くらいになるんだな」


 すやすやと眠る白猫を見ながら俺は白猫との出会いを想起した。白猫がウチに来たのは、一ヶ月くらい前の雨の日。仕事での疲れを感じながら傘を差して歩いていた時、家の近くで雨に打たれながら怪我で弱っていたのを見つけ、放っておけなくて家へと連れて帰った。

 そして、軽く手当てをして体を拭いてから簡単にエサを与え、その翌日に病院に連れて行った後にこれも何かの縁だと思って飼う事に決めたのだった。

 その日から白猫はウチを自分の家だと認識したのか遠慮なく寛ぐようになり、その姿に俺は半ば呆れていたが、白猫自体は可愛らしく、寛いだりエサを食べていたりする姿は和むため、新しい家族として今日まで可愛がっていた。


「さて……そろそろ起きた方が良いな。今日は休みだから、部屋の掃除もしたいし、寝てるところ申し訳ないけど、コイツにも起きてもら――」


 そう言いながら白猫に視線を向けた瞬間、俺は驚きで言葉を失った。上に乗って寝ていたはずの白猫は猫の耳と尻尾がついた長い銀髪の少女に変わっており、何も着ていなかった事からその雪のように白い肌が嫌でも目に入り、俺は目のやり場に困りながらこの状況に混乱していた。


「え、え……さ、さっきまでただの白猫だったはずなのに、いつの間に女の子に――というか、早く服を着せてあげないと、風邪も引くし、俺も困るし……!」


 あまりに突然の事に混乱していると、猫耳の少女は小さな声を上げながら目を開き、寝惚け眼で俺の姿を見てから首を傾げた。


「……パパ?」

「パ、パパ……!?」

「……パパ、おはよう」

「お、おはよ――じゃなくて! 早く服を――いや、それより君は誰なんだ?!」

「……服は良いの?」

「いや、良くはないけど……! 君が誰なのかも知らないといけないし……!」


 慌てる俺とは逆にその子は落ち着いた様子であり、慌てふためく俺の事を見ながら不思議そうに首を傾げる。


「誰……そんなのわかってるはず。昨日も隣で寝ていて、朝早くにここに移動してるのに……」

「え……それじゃあ君はあの白猫なのか……!?」

「そう。私はこれでも化け猫だから、こうして人間に姿を変えられる。だけど、うっかりカラスを怒らせて怪我をして、傷の痛みと雨の冷たさで辛かった時に助けてくれたのがパパ。

 本当なら落ち着いた頃に正体を明かすつもりだった。けど、ここでの生活が快適すぎてそれを忘れてた」

「まあ、せっかく一緒に暮らすわけだから、快適に暮らしてもらいたいと思っていたけど……」

「もし、嫌ならここからいなくなる。ここでの生活は好きだけど、パパを怖がらせたり嫌な思いをさせたりするつもりはないから」


 女の子は淡々と言っていたが、頭から生えている耳はペタンと倒れており、表情には出していなくても俺から拒絶されたり出て行くように言われたりするのを怖がっているのはハッキリと分かった。

 俺は小さく息をついた後、その子の頭に手を置き、優しく頭を撫でた。


「……そんな事言うわけないだろ。化け猫だろうとなんだろうと、もう君は俺の家族だ。今更放り出したりなんてしない。それに……もうひとりぼっちになるのは嫌だからな」

「パパ……やっぱり家族がいないのは辛い?」

「ああ。だから、安心してくれ。君が望まないなら俺は君を出て行かせるつもりはない。またこの家を広く感じたくはないからさ」

「……うん、ありがとう。パパ」


 化け猫の少女は安心したように言うと、毛布越しに俺に抱きついてきた。毛布一枚に阻まれてはいたが、抱き付かれている感触と体の温もりはしっかりと伝わり、その感覚に俺も不思議と安心していた。

 その後、二人で起き出し、化け猫の少女にひとまず妹が小さい頃の服を着てもらっていると、その小さな体から大きな音が鳴り出した。


「……お腹ぺこぺこ」

「まあ、起きたばかりだしな。それじゃあそろそろ朝飯にするか。ちゃちゃっと用意するから、少し待っててくれ」

「……ううん、私も手伝う。こうして人間の姿になってる分、私も手伝える事はあるはずだから」

「え、でも……」

「たまには猫の手も借りてみてほしい。私の場合は猫の手というよりは化け猫の手だけど」

「……わかった。それじゃあお言葉に甘えて手伝ってもらうか」

「うん、頑張る」


 化け猫の少女が返事をした後、色々手伝ってもらいながら俺は朝飯の準備を始めた。いつもであれば、なんて事無い朝飯の準備だったが、化け猫の少女がいてくれるだけでいつもとは違って気持ちが満ち足りていくような感じがし、その事に俺は幸せを感じていた。

 そして一時間後、リビングのテーブルの上に朝飯が並んだ後、俺達は向かい合って椅子に座った。


「さて……それじゃあそろそろ食べるか。手伝ってもらった分、いつもより早く準備も終わったし、より味わって食べられそうだ」

「猫の手を借りたのは正解だった?」

「ああ、正解も正解、大正解だ。ほんと……に、大正解……だ、よ……」


 誰かと一緒に何かをするという事、そして誰かと一緒に食卓を囲むという事が懐かしさを感じると同時に、俺は昔の事を思い出して胸に込み上げてくる物を感じ、目からは涙が溢れ始めた。


「パパ……」

「……ごめん、やっぱり家族がいるって良いと思ってさ。こうして一人になってもう何年も経つのに心の中には家族がまだいるから、もういないっていう事実を再確認したら、悲しくなってきて……」

「……それは仕方ない。誰でも大切な人がいなくなったら悲しくなる。だから、悲しい時は存分に泣いて良い。そして、泣いた後はそれ以上に笑ってまた歩き出すのが一番。泣いてばかりだとパパの家族まで悲しくなる」

「……そうだな。いつまでも泣いてばかりじゃなく、前に進まなきゃな。でもまさか、猫の手を借りた結果、家族の大切さを再認識出来るとは思ってなかったよ」

「私の手でよければこれからも借りてくれていい。鶴の恩返しならぬ化け猫の恩返しはまだ終わってないから」

「……わかった。何か困った時には力を借りるようにするよ。ありがとうな」

「どういたしまして。それじゃあそろそろ食べよう、パパ」

「ああ」


 返事をした後、俺達は二人揃っていただきますと言い、出来たての朝飯を食べ始めた。ひょんな事から出来た新しい家族だが、俺はこの出会いを大切にしたい。俺にとっては既に日常になっているし、俺としてもこの生活を手放す気は無いから。

 そして、時にはまたこの子の手を借りる事にしよう。今回のように大きな助けになってくれるだろうし、また新しい発見が出来るはずだから。

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白銀の導き 九戸政景 @2012712

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