後篇

 翌日、俺は事件のあった家の近くを歩きまわっていた。

 やっぱり捜査は足、行き詰まったときは基本に立ち返るのが一番だ。断じて、昨日のことがあったからではない……うん。


「南、ねえ……」


 ひととおり事件現場は見てまわったので、その方角に向かう。たしかに南は犯人が逃走した方向のひとつとして挙がっていた。だから寧々子が「南」と言ったときには少し驚いたが、別にそれくらいは事件を知らなくても当てずっぽうで言うことは可能だ。


 歩いていくと、立ち並ぶ家は比較的古いものが多くなっていく。生垣いけがきがあったり、立派な門がついていたり。閑静かんせいな場所だから、犯人がこっちに逃げるとはあまり思えない。


「ん?」


 猫耳メイドの助言など気にせず、署に戻ってもう一度捜査を見直そうか。そう思って来た道を引き返そうとしたとき、俺の視界が小さな動く物体をとらえた。


「猫……?」


 それは、野良猫だった。白と黒のぶち猫。黄色い目に吸い込まれるように見ていると、ぴたりと動きを止めて目が合う。

 ただの野良猫。そうに違いないのに、どうしてか気になってしまう。


 近づいてみる。しかし猫は逃げだすこともなく、鳴き声をあげることもなく、ただ俺をじっと見つめたまま。

 なんだろう。まるでなにかを待っているみたいな……、


「……あ」


 と、そこで俺はひとつのことを思い出す。そしてポケットから棒状の袋を――ちゅーるを取り出した。

 寧々子が言っていたもうひとつのこと、ちゅーるを持っていけ。別にそれを信じたわけではないが、念のためと思ってここに来る途中、コンビニで買っておいた。


「食うか?」


 かつお節味で、いいんだよな。パッケージを再度確認してから、しゃがんで袋を開ける。

 すると、さっきまで微動だにしていなかったぶち猫が「びゅん」と俺のもとへ寄ってきて勢いよくちゅーるをなめ始めた。

 まるで久しぶりの食事にありついたみたいにべろべろと一心不乱になめている。そんなにうまいのか? これ。


 気がつけば完食。そしてぶち猫は満足そうに「にゃあお」と鳴いた。

 結局これ、野良猫にエサをやっただけじゃないか? なにやってんだ俺。


「にゃあお」


 再び鳴き声が聞こえる――かと思えば、ぶち猫はいつの間にか俺に背中を向け、首をひねってこちらを見ていた。チリン、という鈴の音が聞こえる。首輪をしているわけでもないのに……気のせいだろうか。

 そして、ゆったりと歩きだす。ついてこい、とでも言うように。


「あ、おいちょっと待てよ」


 慌てて追いかける。しくもその方向は、南。

 ……もしかして、これがあの猫耳メイドが言っていたことか? まさか本当に……?

 しかしぶち猫は俺に考える暇を与えてはくれず、猫らしい俊敏しゅんびんな動きで先へと進む。


 そしてひたすら猫を追うこと数分。

 たどりついたのは、何軒もある立派な家のうちのひとつ。その敷地をぐるりと囲う生垣だった。


「にゃお」

「これは……」


 その生垣には小さな穴。小柄な人間であれば抜けなれそうなほどの。

 加えて、そこには足跡。猫ではない、人間のものだ。


 まさか……。

 俺はひとつの可能性を考える。そのうえで、捜査を見直せばもしかしたら。

 ともあれ、これは大きな手がかりになりうる。


「助かったよ……ってあれ?」


 お礼を言おうとしてさっきまで猫がいた場所を見る。しかし、

 そこには誰も、なにもいなかった。





「おかえりなさいませご主人様!」

「あー、えーっと……」


 数日経って、俺はメイド喫茶を訪れた。一度来たことがあっても、このあいさつは慣れない。いや、慣れるつもりもないが。

 長居は無用、と俺は店の入口ですかさず本題に入る。


「寧々子って子、いる?」


 抽象ちゅうしょう的なアドバイスとはいえ、彼女のおかげで事件は解決に向かうことができた。そのお礼だけでも伝えようと思ってきたのだ。


「寧々子ちゃんをご指名ですか?」

「あーいや、そういうわけじゃなくて。前にちょっと世話になったからその礼を言いに来ただけなんだけど……」

「そうでしたか」


 言うと、メイドさんは深々と頭を下げて、


「ですが申し訳ありませんご主人様。寧々子ちゃんは本日お休みでして」

「そうなのか。じゃあまた来ることにするよ」

「はい! お待ちしてますね、ご主人様」


 行ってらっしゃいませ、とよくわからない見送りをされて俺は店を出る。休みなら仕方ない、また出直そう。


 だが――

 その後何度訪れても、寧々子と会うことはできなかった。

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猫耳メイドのアドバイス 今福シノ @Shinoimafuku

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