猫耳メイドのアドバイス

今福シノ

前篇

「おかえりなさいませにゃ! ご主人様!」


 俺を出迎えたのは、まるで角砂糖をそのまま飲み込んだみたいな甘ったるい声だった。


「……おい、これはどういうことだ?」


 いい加減耐えきれなくなって、対面に座る強面こわもての男――俺をこんな場所・・・・・に連れてきた張本人に詰問きつもんする。


「いやー。だって伸彦のぶひこ、最近捜査そうさに行き詰まってるって言ってただろ? 息抜きにでもなればなあと思ったんだよ」

たかしの気持ちはありがたいが……なんでよりにもよってメイド喫茶・・・・・なんだよ」


 ポップな色合いの内装に、ファンシーなBGM。どう考えても、大の男が2人で来るような場所ではない。いや、客のほとんどが成人男性であるところを見ると、その考えは先入観せんにゅうかんなのかもしれないが……。


「はあ~いつ来てもいやされるなあ~」


 隆は息を吐いて破顔はがんしている。刑事にとっての強みであるいかつい顔立ちも形無しだ。

 周囲からは「萌え萌えきゅん☆」「おいしくなぁれ~」といった声が代わる代わる聞こえてくる。これに癒しを感じるのは……俺には無理そうだ。


「にゃっ、隆さんまた来てくれたんですにゃ。うれしいにゃ」


 と、ひとりの店員、もといメイドが俺たちテーブルへとやってきた。


「おお、寧々子ねねこちゃん。こんにちはー」


 メイド服を着ていることはもちろんだが、さらに猫耳と猫の手をした手袋を装着している。極めつけは、胸のあたりの大きな鈴。まるで猫型ロボットのそれだ。


「今日はお連れ様がいるんですにゃ?」

「うん、職場の同僚。愛想あいそ悪いやつだけど、許してやってねー」

「そんなことないですにゃ。落ち着いたかんじで、寧々子は素敵だと思うにゃ」


 さすがは接客業、ものは言いようだな。俺みたいにムスッとしたやつにも笑顔で応対しなきゃいけないし。見たかんじけっこう若そうではあるけど、仕事とはいえいい年こいてにゃあにゃあ言わないといけないのは大変だな。


「それで、今日はどうしますかにゃ?」

「ええっと、じゃあいつもの寧々子ちゃん特性オムライスを2つと……」

「おい、俺はコーヒーだけでいいって」

「遠慮すんなって。寧々子ちゃんのオムライスは絶品なんだぞー? じゃあ食後に愛情たっぷりコーヒーもお願い」

「かしこまりにゃ!」


 いろいろ言いたいことはあったが、ここは隆のホームグラウンドなので黙って従うことにする。しかし愛情たっぷりコーヒーってなんなんだ。普通のコーヒーとどう違うんだ。


 注文を終える。こういうところは一応、普通の飲食店と一緒だな。なんて思っていると、隆が気になることを言い出した。


「あ、それから寧々子ちゃん」

「なんですかにゃ?」

「今日はコイツを助けてやってほしんだよ」

「は? 俺?」


 なにを言ってるんだ?


「伸彦、今担当してる強盗事件の捜査が難航してるって言ってただろ?」

「それはそうだが……」

「寧々子ちゃんは占い? が得意でさー。しかもよく当たるんだよ。なにか手がかりをつかむきっかけになればと思ってな」

「いや手がかりってお前」


 相手は素人しろうとだぞ? 探偵じゃあるまいし。


「それに捜査情報を他人に話すわけにはだろ」

「だーいじょうぶだって。詳しいことを話す必要はぜんぜんないからさ。ただ困ってることを率直に、シンプルに相談すればいいだけだから」

「はあ……」

「ほんと、寧々子ちゃんのアドバイスはマジなんだって。ほらこの間の詐欺さぎ事件あっただろ? あれだって俺が無事犯人を捕まえられたのは寧々子ちゃんのおかげなんだから」


 たしかに隆の事件も難航していて、解決できたのはすごいと署内でも話題になっていた。


「ま、だまされたと思って相談してみろよ」

「……まあ、隆がそこまで言うなら」


 そうして俺は隆におされる形で、食事後に相談することにした。

 ちなみに俺のオムライスにはケチャップでかわいらしい猫のイラストが、隆のそれには「らぶらぶにゃんにゃん」と描かれていた。それについては、もう深くつっこまないでおこう。


「逃げた犯人に足どりがわからなくてな」


 ともあれ、俺はコーヒーを持ってきてくれた寧々子に、そう切り出した。


 俺が担当している強盗事件。聞き込みなどで犯人の逃走ルートを追っていくと、ある場所で忽然こつぜんと手がかりが消えたのだ。

 おかげで捜査は暗礁あんしょうに乗り上げた状態。


「ふむふむ、にゃるほど……」


 猫耳メイドはうんうんとうなずく。たいしてなにも言っていないのに、うなずく要素がどこにあるのだろうか。

 やっぱり適当なことを言って、常連客がそれを当たる占いだともてはやしているに過ぎない――と考えていると、チリン、と胸の鈴が鳴ったような気がした。そして、ぽつりとつぶやく。


「南、ですにゃ」

「なんだって?」

「南に行くと、いいことがあるかもしれないですにゃ」

「それはわかったけど、南っていうのはどのあたりなんだ? それに南になにがあるっていうんだ?」

「私の口からはこれだけしか言えないですにゃ」

「なんだそれ……」


 これのどこがアドバイスなんだ、とクレームをつけそうになるのをコーヒーを飲んでぐっとこらえる。相手は素人なんだ、鵜呑うのみにするのが間違ってる。


「あ、あともうひとつ言えることがありますにゃ」

「なんだ?」


 訊き返すと、寧々子はさっきと違って確信をもった口調でこう言った。


「南に行くときは、かつお節味のちゅーるを持っていくことをおススメしますにゃ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る