出会いエスカレーション【猫の手を借りた結果】

スロ男(SSSS.SLOTMAN)

黒猫の手を借りる


(前回までのあらすじ:最初にコンビニのトイレで出会った俺と彼女は、それからも度々接近遭遇する。彼女は姉の先輩で名も南ナントカさんだと知れたが、特に関係性が発展するでもなくひたすら出会うことを繰り返した。途中、喋る黒猫ヤギュウとの出会いなどもあったりしつつ)



 追われていた。

 何に?

 わからない。

 気配としかいいようがない。

 それが追ってくる。

 捕まったら終わりだ、という根拠のない予感とともに追ってくる。

 繁華街を抜け、川のほうに来たのは自分でもなぜかわからない。ただ、人の多いところで捕まってしまえば、俺だけでなく、周りにいる無関係な人も命を落とす、そんな気がしただけだ。

 川とはいっても両側とも舗装された道路だ。昔はいけない店が立ち並んでたというあたりまで息を切らせて走る。すぐそばは高架下になっていて、二度ばかり電車が走り抜ける音が響いた。

 ダメだ、そろそろ体力の限界だ——

 このあたりなら人通りも少ない……よろけながら欄干にもたれかかり、死を覚悟した。

 と、背後でフラッシュが焚かれたような光。

「よくがんばったわね!」

 聞き覚えのある声がして、ぜいぜいいいながら振り向くと、そこに熊ほどの大きさと輪郭の闇が凝ったものとそれと対峙する女性の後姿があった。

「南……さん?」

「え、うそ。ちょっと。なんでバレてるの……⁉︎」

 明らかに動揺した声に、隙を見たのか影熊が襲いかかり、けれど動揺をまったく感じさせない俊敏さで女性は避けた。

 俺は色々とあ然としてた。

 状況もそうだが、薄暗がりに浮かびあがる彼女の姿が、ちょっとなんていうか——破廉恥に見えたからだ。

 背中丸出しで膨らんだ形のスカートは短く、その材質はテカテカとしたビニールか何かのように見えた。

 手には星形が先端についた警棒——いや、この場合はステッキと呼ぶべきなのか。

 頭にはパーティーでかぶるようなとんがり帽子を被って——

「魔女……?」

「魔法少女よ!」

 恥ずかしさを打ち消すためなのか、それとも怒りの表明か、やけに強い語気でいって南さんは影熊にステッキでの一撃を喰らわすと、目にも止まらぬ速度でその背後に周り、ドスン! という音、閃光が影熊を貫いて俺の頭上を掠めて消えた。


 魔法少女姿から普段着へ一瞬で着替えた南さんは、力なく笑って近くのベンチへ目で誘った。

 俺はこくんとうなずいてから、道路の反対側に自販機があるのを見つけ、缶コーヒーと紅茶を買って南さんの隣へ坐った。

「なんとなく、そんな気がしたのよね」

「そんな気?」

 紅茶を差し出すとそっちがいいと缶コーヒーを取られた。ゴクゴクと飲んで、

「君には見破られちゃうんじゃないかなあ、ってさ」

「魔法少女なのを?」

 無糖にすればよかった、と思いながら俺も紅茶に口をつける。染みる。

「わたしも大体普段は抜けてるんだけど、それでも魔法の力は常時うっすら働いているから、危険とかは察知したり跳ね返したりできるのね。でも、あなたにはドアを開けられた」

「え。……覚えてたんですか?」

「覚えてるわよ、目に焼きついてる。あんな無防備な顔、彼氏にだって見せたことないのに。しかも、その後もなんか出くわすし、マミヤちゃんの弟だっていうし、気づいたら人外の気配漂わせてるし……」

「人外の気配……?」

 あ、ヤギュウのことか、と思い当たる。

 顔をこちらに向けて、初顔合わせのときのような眉の形で南さんは言った。

「だから、あなたとは距離を置くし、今日のことは忘れなさい。でないと——」

 どこから出したのか星形のステッキを鼻先につきつけられた。

「敵認定、よ」


 彼女が去ったあとしばしぼーっとしていた俺は、適当な方向に向かって声をかけた。

「おい、ヤギュウ、いるんだろ?」

 なあご、といって黒猫が通りの向こうから姿を現し、とととっとこちらへやってきた。初めて会ったときとは違い、毛が刈られて普通の黒猫に見える。

「僕の名前はヤギュウ。僕と契約してヒーローにならないか?」

「そのテンプレどうにかならんのか。……それより話聞いてたんだろ、どう思う?」

「どう思うも何も、魔法少女は存在する。でも僕たちとは相容れない。存在の根源が違いすぎる」

「?」

「魔法少女はふわふわ、キラキラとした夢や希望といったもので出来上がっている。けれどヒーローはリビドーの力、アダムの遺伝子によって存在する。産めよ増やせよ地に満ちよ、と神は言ったね。けど、女をその気にさせ合意を持ってあたうるかぎり、とは言わなかった。支配せよ、と神は続けた。……これがリビドーの力だよ」

「よくわかんないけど、でも少女とは確かに相容れなさそうだ」


       🐈‍⬛


 というやりとりをした三日後にUMA知覚党(サークル名)の会合でばったりと出くわしてしまうのだから恐ろしい。

 俺も相当気まずかったが、向こうも表面上涼やかな顔をしてはいたけどもバツが悪かったんじゃないだろうか。

 もっとも向こうはOGだし、それ以降会合には一度も顔を見せなかった。ファンは多かったらしくみな嘆き悲しんだが俺のせいじゃないと思いたい。

 その後もあらぬところで遭遇したり、街中で謎の勢力と戦ってるのを見かけたりしたが(魔法少女は不認知の領域というので戦うらしい)、中でも一番驚いたのは彼女の結婚式に俺が居合わせたことだ。

 俺はバイトで結婚式場に勤めていて、そこで彼女の結婚式が催された。花嫁姿の彼女はきれいだった。幸せそうでよかった、と照明を操作しながら感慨に耽った。

 結婚してからも度々戦う彼女の姿を見かけたし、相変わらずヤギュウは行く先々で姿を見せた。

 大学を卒業し、会社勤めを始め、学生時代に付き合い始めた女性と結婚した俺は、相変わらずコンビニや書店で彼女と出くわし、戦う姿を見かけ、たまには向こうもこちらを認識しながらも不干渉を貫いた。

 が、今回ばかりはそうもいってられなかった。彼女が苦戦していた。

 相手は子供ほどの影の集合体で、それが三体。取り囲むようにして彼女をヒットアンドアウェイで害していった。

 異変を感じた俺は大分そばまで寄り、柱の影から様子をうかがう。

 敵が手強いというよりも、彼女に精彩がなかった。

 それまで皮一枚の攻撃を何度も受けていた彼女だったが、ついに鮮血が飛び散るほどの攻撃を受けた。たまらず俺は叫んでいた。

「ヤギュウ、力をよこせ!」

「契約成立!」

 猫のうなり声とともに俺の体は発光し、内から湧き上がる力任せに、追い討ちをかける一体に体当たりした。

「え、誰……?」

 困惑する彼女の声が聞こえ、影は三体縦に積み重なって一体の大きな影になり、俊敏さはそのままに大きく振りかぶってきた。

 避ければ彼女に当たってしまう。

 俺は腕を頭上で交差させ、腰を落とした。受け止める。骨まで響く衝撃にくらくらする。ヤギュウが叫ぶ。武器を使え、と。

 俺は影を押し返すと、無意識に左拳に右拳を添え、そのまま居合の要領で大きく袈裟に切った。

 影はまっぷたつになり、俺の右手には光る刀があった。

「お上手、それがヤギュウソードだよ。別名、アセンションソード」

 ヤギュウが二本足で立って肉球でぽふぽふと拍手した。


       🐈‍⬛


 さて、ここまでが俺と彼女との出会いにまつわる話。

 ここから俺と彼女が世界とおさらばする話になる。


       🐈‍⬛


 彼女から呼び出された俺は、重い腰を上げ、立川へと向かった。地下施設内は騒然としていて、それというのも世界の破滅が近づいているから、だという。

 予見の力に長けた最長老と呼ばれる魔女が、大いなる災厄の訪れを予期したのだ。

 災厄というのは——おそらく、とただし書きつきで——五次元以上のエネルギー体が、この地球上のエネルギー、人の様々な感情や飛び交う電波などに引き寄せられて近づいてきている、ことを指していた。

 それはエネルギーであればなんでも貪欲に吸い込む、恐ろしい存在なのだという。地球の、公転、自転のエネルギーまでも吸い尽くしてしまうだろう、と目された。

 地球そのものの存亡も危ういが、仮にそれは免れたとしてもおよそ生き物の生きられる環境ではなくなり、感情や思考を失ったゾンビが徘徊——であればまだ可能性が残されるだけマシな部類だろうということだった。

 そこでようやく魔法少女とヒーローが手を組むことになった。

 知覚に優れ、現実を凌駕する魔法を操る魔法少女が上位次元への扉を開け、見えない次元をも断ち切る力を持ったヒーローが敵を打ち破る。

 能力でいえば、俺と南以上の能力者はいまやたくさんいた。けれど、いったん上位次元へ飛び込んでしまえば戻ってこれる保証はない。

 いや、むしろそのまま消えなくなるか、さもなくば見知らぬ下位次元へ漂着できれば御の字だろうということだった。

 ならば、ベテランである我々の出番だろう。

「まさか最後の最後であんたと手を組むとは思わなかったわ。それにしてもずるいわね、ヒーローは変身すると顔も見えない」

 変身して最初に顔を合わせたときには恥ずかしさで消え入りそうになっていた南も、いまはシャンと背を伸ばし、往時の凛々しさを垣間見せた。

「……そうだな」

 何重にも施された封印の奥、かつて爆弾開発などに使われていたという地下設備へと歩きながら、俺はふと南の手を握った。

 南はふくよかな手で握り返してきた。

「……その高次エネルギー体というのは意思疎通できないのかしら?」

「さあな。向こうはこちらのことを理解したとしても、その事実を俺らが認識できないんじゃないか?」

「そうかなあ……そうかもね。でも」

 俺たちは歩みを止めず、ただ前だけを見ている。

「そういう理屈とか超えちゃってこそ、魔法少女だと思わない?」

 きっと南は、少女のような笑みを浮かべているだろう。

「そうそう、わたし、この春、初孫を授かるのよ」

「おお、やっとか。孫はいいぞ。何より可愛い」

 突き当たりで俺たちは立ち止まる。

 インカムからノイズ混じりの合図が聞こえ、俺たちはうなずきあう。

 最後の封印の、扉がゆっくりと開き始める——

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