好奇心は猫をも シアとレン 9
楸 茉夕
好奇心は猫をも
シアとレン 9
今日は天気がいい。部屋には朝日が燦々と差し込んでいる。昨夜雨が降ったからか空気は澄んで、初夏の爽やかな風が吹き込んでくる。そこに、呆然と立ち尽くす少女が一人。
侍女頭である彼女は、他の侍女たちに下がるよう合図をした。自分は部屋に入って扉を閉める。
「……シア様」
声をかけると、少女は勢いよく振り返った。
「レン!」
侍女頭を呼び、少女は慌てた様子で両腕を広げて背後を隠そうとするが、そんなものでは隠れない。
「あの、これは……その、わけがあって」
「そうでしょうとも。一体何をなさったんですか、シア様」
東側の壁には大穴が空き、少女が両腕を広げた程度では隠れない。朝日も風も、そこから入り込んでくる。
城内のことなので、壁は石造りだ。ちょっとやそっとの力では穴が空くことはない。それも、人が余裕で潜り抜けられるような大穴など。
「……お父様には内緒にしてくれる?」
「事と次第によります」
無責任なことは言えないので正直に告げると、シアは味付けを間違えた料理を食べたような顔になった。
国王は、遅くに生まれた末姫を溺愛している。目に入れても痛くないと公言しているほどだ。この大穴も、ちょっと咎められて終わりだろうが、それでも末姫には父王は脅威なのだろう。
シアは目を泳がせながら、説明を始める。
「昨夜、とてもいいことを思いついたの。昨日立てた仮説が、一気に進むような画期的な思いつきよ。まず、ヒメスミレの抽出液を……」
「シア様、手順は後ほど伺います。壁についてのお話を」
「あ……そうね」
将来は結婚せず、科学者になるのだと言って
「そう、思いついたことを、実験してみようと思ったの。善は急げと言うでしょう?」
「また寝室を抜け出されたのですね」
「それも内緒にして。―――それで、実験の途中で、ローズマリーがね……」
ローズマリーというのは、シアの
「薬品を倒してしまったの。わざとじゃないのよ、勿論。ローズマリーなりに、わたくしを手伝ってくれようとしたのだと思うの。でもね、薬品が予期せぬ混ざりかたをしてしまって……壁が……」
「それで、先程の轟音というわけですか」
「で、でも、わたくしはこのとおり、無事よ。ローズマリーは逃げてしまったけれど、すぐに戻ってくると思うわ。だから……」
レンは溜息を飲み込み、かぶりを振った。
「いけません。国王陛下にご報告申し上げます」
「やっぱり駄目? またしばらく実験を禁止されてしまうわ」
シアは肩を落とすが、これほどの爆発を隠し通すことは難しい。レンたちが真っ先に駆けつけたが、近衛兵もじきに駆けつけてくるだろう。
「では、片付けましょうか。シア様が手ずからお片付けをなさったと聞けば、陛下もさほどお怒りにはなりますまい」
「そうね……お父様にはちゃんと謝るわ」
「そうなさいませ。では、侍女たちを呼んで参ります」
溜息をつくシアに苦笑し、レンは扉を開けた。外で待っていた侍女たちを招き入れる。
「さあ、掃除道具を持ってきて頂戴。姫様のエプロンもね」
レンは、常胃日頃から国王のことを、末姫に甘い父王だと思っているが、なんのことはない、自分たちも十分シアに甘いのだ。天真爛漫で自分の好きなように振る舞いながら、周囲を味方につけてしまうものをシアは持っている。
(ローズマリーも捜さなければ)
愛猫に何かあればシアが悲しむ。彼女の悲しむ顔は見たくない。
了
好奇心は猫をも シアとレン 9 楸 茉夕 @nell_nell
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