喫茶店『カッツェ』

日乃本 出(ひのもと いずる)

喫茶店『カッツェ』


 ようこそ、喫茶『カッツェ』へ。

 当喫茶店では、絶品のコーヒーはもちろんのこと、多彩な軽食をとりそろえて御客様をお待ちしております。

 まあ、それだけでは、他の喫茶店とはあまり大差はありません。当喫茶店は、他の喫茶店にはない魅力で、御客様に充実した御時間をお過ごしいただいております。


 それはどんな魅力かって?

 そうですね。ヒントは当喫茶店の名前にあります。

『カッツェ』とは、ドイツ語で猫のことを言います。それも、主にメス猫のことを指すのです。


 もう、わかりましたでしょうか?

 そう、当喫茶店は、五匹の三毛猫が御客様をおもてなしする、喫茶店なのです。

 はい? 猫カフェとどう違うのかと?

 違うもなにも、大違いでございます。

 猫カフェというものは、猫がメインでございましょう?

 当喫茶店は、あくまでもコーヒーと軽食がメインなのでございます。猫はコーヒーと軽食のアクセントでございます。


 ちなみに申し上げておきますと、三毛猫というものは、ほぼ百パーセントの確率で性別はメスとなっております。天文学的確率でオスが生まれますが、当喫茶店では残念ながら、そのような幸運のもとに生まれた猫はおりません。あくまでも、ただの三毛猫でございます。

 まあ、もしオス猫がいてしまうと、『カッツェ』の看板に偽りありとなってしまいますので、これが正しい状態なのかもしれませんが。

 ところで御客様。実を言いますと、当喫茶店は、昔は猫のいる喫茶店ではなかったのですよ。それこそ、店の名前すら違っていました。


 元々の店の名前は『バリスタ』と言いまして、コーヒーの味をウリにした店構えだったのです。

 しかし、中々御客様がいらっしゃらず、赤字続きで悩んでいた頃がありました。

 そんな時、道端にダンボール箱に入れられて捨てられていた、五匹の子猫と出会いましてね。

 ええ、そうです。その時の子猫が、今、御客様の目の前にいる五匹の三毛猫でございます。

 なんといいますか、別に博愛精神を発揮したというわけではありませんが、なんだか子猫をそのまま捨て置くことができない気持ちになりましてね。

 まあ、そんな風に言ってはいますが、本当のところを言いますと、喫茶店が立ち行かなくなり、妻から逃げられた直後でしたので、一人暮らしというものがあまりにもわびしくて連れて帰ったというのが正しいのですが。


 それはさておき、子猫を拾ってきたのはいいものの、家に置いていくことができないことに気づき、日中は仕方なく喫茶店に連れてきて育てていくことにしたのですよ。

 すると、その時に来てくださった一人の御客様が、俗に言うインフルエンサーの方で、その方がSNSで宣伝してくださったおかげで、今の当喫茶店の隆盛があるというわけです。

 それこそ猫の手を借りたいくらいの忙しさですよ。まあすでに猫の手を借りてるわけですけどね。

 え? なんですって?

 猫には前足と後ろ足しかないから、猫の手を借りることなんて不可能ですって?

 そんなこと、どうでもいいじゃないですか。そんな理屈をおっしゃっておいででも、御客様も猫が好きなのだから当喫茶店へとやってきてくれたわけなのでしょう?

 そうでしょう。そうでしょう。それでは御客様、難しいことなどお考えなさらず、コーヒーと三毛猫の二重奏を、ごゆるりとご堪能くださいませ。

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喫茶店『カッツェ』 日乃本 出(ひのもと いずる) @kitakusuo

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