第13話  恋のリハビリ

 

「唐揚げ食べます?」

 

 ふと我にかえると、いつもの笑顔に戻っていた。僕は何かを期待していたのだろうか。

 

「アァ。うん、食べたい」

 

 笑顔で頷き、持ってきた袋のひとつからタッパーを取り出す。

蓋を開けると唐揚げが何個か入っていた。

 

「水曜日見かけなかったんで、心配してたんです」

 

 タッパーからお皿に幾つかのせ、他のタッパーからポテトサラダを出し、一緒のお皿にのせて手渡される。

 

「実は前から気になってたんです暁人さんのこと。だから毎週水曜日が少し楽しみで」

 

 お皿の唐揚げから篠延一也に視線を移動させると、そこにはまた真剣な表情の彼がいた。

 

「キスしていいですか?」

 

 と言いながら顔が近づき、キスをした。

見た目よりぽってりとした唇に、ゆっくり絡みつく舌。

軽く左頬に右手が添えられ、親指が頬骨を撫でる。

唇を離しながら、僕の下唇を軽く噛む。

軽く温かなキスだった。

 

 目を開けると、少し恥ずかしそうに、でも強い光を放つ篠延一也の顔があった。

 

「ずっとしたかったんです。涙を見たあの日は特に」

 

「してくれても良かったのに」

 

 実際は違う。もしそうなりそうになったら拒否しただろう。そんな気にはなれなかった。

 

「実は少し前に色々な事があって。

人間不信になって、世の中と距離を取っていたんです。

キッチンカーを始めて少しずつ人と話せる様になってきて。まさかまた人を好きになれる様になるとは思っていなかったし…ビックリしました。

今は、人生のリハビリ中ですね」

 

 俯いたまま話し、何かを決心した様に顔を上げる。

 

「暁人さんがまた、誰かと恋をしたくなった時

僕のことを思い出したら声をかけて下さい。

それまで待ってます。あまり長いと分かりませんけどね」

 

 笑いながら話す彼は、少し幼く見えた。

 

 

 その後も変わらず、笑顔で接してくれた。

 毎週水曜、挨拶をして、たわいも無い話をしてお弁当を買う。

 たまに食べたいものを聞かれ、それが次の週のメニューになる。

 

 そんなやり取りが、楽しく

   変わらない日常がありがたかった。



 半年が過ぎた天気の良い週末。

僕はあの日と同じ様に昼間の新宿三丁目を二丁目に向かい歩いていた。

あの日とは全く違う。前を向き足取りは軽い。

僕の恋のリハビリは、終わった。


目指すキッチンカーの前には、楽しそうに話すカップルと小さい子供を連れた女の人が立っていた。その後ろに僕は並んだ。


「こんにちは」

 

自分の順番が来て僕は彼より先に口を開き、返事を待たずに続ける


 「面白い創作料理を出す温泉宿があるんなけど、一緒にどうかな?!」


 「いいですね」


 人懐っこい笑顔が返ってきた。

 しかし瞳の中の光は、いつもより強いような気がした。



 矛盾しているようにも感じるが

失いたくないと思っていたものを失って、僕はヒカリを手に入れた。




ありがとうございました☺︎

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矛盾している 蜥舎まさみ @agua

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