第12話  魔法の街

 金曜日の20時。

 足元を見ながらBerbungaに向かって歩く。

 

 呼吸をするのと同じように

   何も考えず楽しそうに騒いでる集団。

 足早に歩くスーツ姿の人。

 色々な意味で豊満なおばさま集団。

 

 20時。早くもなく遅くもないこの時間。

 遊びに向かう人。

 自宅へ足早に歩みを進める人。

 ただ前を向き、仕事に向かう人。

 様々な人が、街に溢れる。

 

 特にこの新宿と云う街は、ひときわ

昼と夜の顔が、呼吸が、変わる街だと思う。

人種もセクシャリティも、肩書きも何もかもが流れ出し、ネオンに消されていく街。

 

 昔はこの街に住みたいと思った。

なぜそう思ったかは、分からない。

 しかしある日、明け方の街を歩いていて寂しさを感じた。

 

 魔法が消えた街に見えた

 

 今の僕にはその魔法が必要だった。

 夜明けと共に、溶けて消えてしまう魔法だとしても。

 

 金曜日のBerbungaは満員に近かった。

 普段座るカウンターも埋まっていた。

 

「あら珍しい」

 

 イチゴちゃんが店に入ってきた僕を見て声をかけてきた。

 

「ビールでいい?そこ空いてるわよ。

椅子はあっちの席に貸しちゃって無いのよ。

ごめん。カウンター空いたら声掛けるから!」

 

 隅にあるテーブルを指しながら、生ビールのグラスを渡してくれる。

 

 僕はビールを飲みながら店を見渡す。

 楽しそうに話しをしてるグループ。

 顔を近づけて話をしている2人。

 壁に寄りかかり、携帯で無表情に話をしている人。

 

 部屋から出てはみたが、何をしたいのか。

最近のことを聞かれた時、どう反応したらよいのか。なぜそんな事を考えてしまうのか…

 結局どこに居ても、ウジウジしている。

 

 滅多に行かない発展場に行こうかとビールを一気に飲み干した。

 何も考えずに過ごせるなら、何でもいい。

 

 カウンターにグラスを置き、話し込んでるイチゴちゃんには声を掛けずに店を出ようとした時、篠延一也が店に入ってきた。

 

 両腕に袋を下げ、手には鍋を持っている。

 目があった瞬間『アッ暁人さん‼︎丁度よかった。これ運ぶの手伝って下さい』とあの笑顔が声をかけてきた。

 

 僕は鍋を受け取り、篠延一也の後について厨房に入る。

 barのわりにちゃんとした厨房だ。

三口コンロに広めの作業台。深めのシンク。

僕は作業台に鍋を置いた。

  

「お腹空いてませんか?唐揚げ食べます?」

 

 『えっ?』と振り返った目の前に立つ彼は、いつもの笑顔ではなく真剣な表情をしている。

30cm程の至近距離に彼は立っていた。

 

 なぜか僕は唇を見つめていた。

 いつも笑っている唇が今は閉じられていた。

 

 

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