恋して鳴くのが猫だもの
鱗青
恋して鳴くのが猫だもの
人生ままならないものだ。だからこそ、
「っていう建前は全部取っ払って
「ウチの学園の理念を根こそぎにしたわね、
放課後の生徒会室。完全なる私用で鍵を開けた
壁の上には『自助・自立・自省』の墨書が架けられている。私はそれを一瞥し、せせら笑う。
「これ書いた人だって聖人君子じゃない筈よ。てか私立高なんだから、そもそも資本主義の申し子なんだし」
「品行方正たるべき生徒会書記の言葉かしら…わざわざ巣から私を連れ出したのは、会長を
「
女子の誰もが羨ましがる色白でクールな美貌の角子は、黒髪をかき上げてオレオをひと齧り。
「あの男のどこが良いの?美術部で絵が上手いのと顔が良いだけの優等生じゃない」
私は角子の肩をガッシと掴み。
「常在オカルト、趣味にどっぷり沈んでる角子には分からなくていい。恋する乙女は命懸けなの!」
「近い怖い必死」
角子の身開かれた瞳に映る私。角子とは反対に親譲りの色黒で、髪は天パで茶髪。どうかすると観光地で英語で話しかけられてしまう彫りの深さ。
「だって…もう
「親友を藁に
小学生の頃に魔法のかけ違いで教室の
スカートの中から肉球のある手がついた棒を引き抜く…お
「それならコレが丁度いいわ」
「孫の手?」
「猫の手。
「呪具とかそういう?
「どちらかというと神器の真逆で魔器ね。それと人の
使用方法は簡単。この
「でも魔のモノに助力を嘆願するのはあまりお
「おやこんなところに図書
「大船に乗ったつもりで任せなさい。竹馬の友ならぬプリキュアごっこの友の
ツーカーの間柄で良かった。私は早速ホンワカしたデザインのそれを高く掲げる。角子のメモした呪文を呟くと、生徒会室に重たい煙と硫黄の匂いが立ちこめる。
ボーン、と
『我は
天井に頭がつく程の巨体で、
「いやどう見ても黒のペルシャ猫じゃん、ブサカワの」
「とりあえず願い事をして」
私は打ち明けた。生徒会長が好き。彼はモテまくりで、けれど男女交際に興味がなくて言い寄る女子が全員振られてもいる。
「気持ちが変えられないなら、いい。私が変えてみせる。その…そういう
相手が猫とはいえ、恥ずかしくて床を向いてしまう。
『
にまぁ、と邪悪な笑みを浮かべる悪魔。
『
出現と同じく唐突に、巨大な悪魔は姿を消した。『ニャーッハッハッ!』と高笑いを残して。
突然戸が引き開けられた。背の高いツーブロのイケメンが、くしゃっと笑って。
「か、会長!」
「誰かいると思ったら美玖か。助かった、美術部の写生会で購入した動物園の
私は首が
日曜日、人生最高の準備をした。
完全に浮いていた。
高校の美術部なのである。私以外は全員制服。
おまけに最大の問題は、当の
(可愛い女子もいるし…あ!またそんなひっついて!誤解するよ〜そんなんじゃ〜)
なかなか自分に構ってくれない会長は、けど凄く楽しそうで…
ハッと我に返る。
(自分勝手な想いをぶつけて、邪魔して、おまけに他の女子に嫉妬とか…)
私、女として…っていうか
ふと目を上げると
「…何よ。文句あんの
看板を蹴ってやろうか思案していたら会長の絶叫が空気を裂いた。
「危ない美玖!」
嘘でしょ。会長が駆け寄ってくる。手を大きく振って。懸命な表情で──
そして会長は私を広い胸に抱きしめた。ライムの柔軟剤の香り、男らしい体臭も
プッシャァァァ!
激しい水音。会長と、会長にすっぽりと抱きしめられた私の周囲に獏の
「…ごめん。びっくりしたろ?獏ってさ、
私を…守ってくれた…
「あ、あの!」
「うん?あー、汚れた?爪先に少しかかっちゃったかな」
私の靴を覗き込んだ彼に、私は思い切り背伸びして…
唇を、重ねた。
周囲の目とか、反応とか頭の中から消えていた。純粋に、
「私…あの、私、本気です!好きなんです‼︎」
おお、と他の客が賞賛する。
「──ゴメン!」
えー⁉︎と続いてブーイング。
「君だからダメとかじゃないんだ。ただ僕、その、誰とも付き合うつもりはなくて…」
「いいんです」
私の片目から涙が伝い落ちた。
『
悪魔の声。私は
青天の
あれ。
生きてる?
恐る恐る目を開けて、私は自分を見下ろした。
両手に肉球がある。動く。うん、私の指らしい。爪も出る。
顔を触る。毛だらけで、小鼻の脇には三対の長い髭。
お尻に意識をやると、ピョコンと
「
どこからどう見ても。
「裸のニャンコね。それも三毛猫」
わさ、と
いや、それより私の姿!
グッと両手を取られた。会長が、やけにキラキラした顔で見つめてくる。
「美玖…なのか」
私は頷く。え?猫に変えられた私が分かるの?愛の力ってやつ?
「今の姿、僕の理想だよ」
ん?
「素敵だ。頬も、肩も、この
ちょっと待って頭を整理させて。
「えーと、つまり会長は女の子と付き合う気が
「そうなんだ。人間全般が無理!なんだ。参ったよ」
くしゃりと笑う。反対に私は血の気が引いて身の毛もよだつ(毛を逆立てる)。
「
角子が訳知り顔で寄ってきた。
「ちなみに美玖の前の姿、どうだったの」
「控えめに言って…ゴミかな」
うん薄々分かってたけど心臓が痛い。
「あっ違くてね?僕はその、昔から普通の
あーそうですか、人類だとダメなんですかそうですか。それは知らなかったわー。
「美女と野獣で言うと断然、野獣派!っていうか、正直人間には
うわぁーお
「でも今は美玖、君のおかげで希望が湧いてきたよ。改めて僕から頼む。付き合ってほしい。できれば結婚も視野に」
会長、その希望を今の私に対して言われると絶望しちゃうんだけど。
「良かったブっ、じゃないのブフフっ」
「笑ってんじゃ
私は腹を抱えて吹き出している角子から猫の手をひったくり、今度は猫の姿で再び同じポーズをとった。
ボーンという音と煙と共に
『いき
尊大な髭が直角に折れ曲がり、尻尾が毛羽立って直立している。
「もう命あげてもいいから、せめて元の姿に戻してくれ
興奮に瞳をまん丸にした魔王の喉元から、ゴロゴロと音が聞こえてくる。
『美しい』
「は?」
重たそうな体を起こし、
『人間の姿を捨てた事で、
「お前もかい!」
私は会長の手を振り解き、駆け出した。二本足だと走りにくい!ええいもう四つん這いでもいいや!
「待ってくれ美玖!今の僕達は相思相愛、離れられない運命じゃないか⁉︎」
『
「まるでこっちがおかしいみたいに言わ
「人気者になれてよかったじゃない」
涼しい顔でピッタリ横について走る角子に私は叫ぶ。
「冗談じゃないわよーっ‼︎」
そう、つくづく人生はままならない。かつて恋した人間の男と今の自分に惚れた魔界の猫から全力で逃げながら、私は我が校の設立理念を深く噛み締めるのだった。
恋して鳴くのが猫だもの 鱗青 @ringsei
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