愛猫家の従兄が「猫の手を借りている」と言い張って猫とのいちゃつきを見せつけて来る

虎山八狐

寿観29年3月16日木曜日

 三ツ矢みつやかなでは従兄のほむらの家に行った。

 朝の五時に着いた。仕事終わりにそのまま行った結果だ。

 今日は二人で遊ぶと決めていたが、待ち合わせ時間は決めていなかった。だから、奏は悪戯を仕掛けることにした。

 自転車を止め、裏門から入る。

 この家には焔以外にも住んでいるが、しんとしている。抜き足差し足で焔の部屋に向かって、息を止めてゆっくりと襖を開いた。

「おはよう」

 焔が平然と声をかける。しかし、奏は彼以外の存在に目を奪われた。

 焔の愛猫である「ふちよ」だ。

 黒と白のぶち猫で、小太りで顔もしまりが無い。

 そんな彼女が布団を掛けてうつ伏せに寝転がった焔の上にいた。尻のあたりに自身の尻を落とし、前脚で焔の腰をぐっぐと一定に踏んでいた。

 表情は真剣そうに正面を見ていたが、奏のことは目に入っていないかのような落ち着きっぷりだ。

 唖然とする奏に焔が軽やかな笑い声を上げる。

「腰揉んでくれてるんだよ」

「見れば分かる。餌の催促か何か?」

 奏は焔の正面に胡坐をかく。なんとなしに右の腿に両手を置けば、焔がひやりとした両手を重ねてきた。

「さっきあげた」

「一度起きたのに、二度寝?」

 しっかり者の焔らしくない行動だな。――そんな奏の考えを読んだかのように、焔が奏の手を擦りながら語る。

「ふちよは布団越しに俺を揉むのが好きなんだよ。だから、サービス。いや、サービスされているのは俺か。マッサージ効果を感じる」

「腰悪かったっけ?」

「全然。ふちよがこうしてくれてるから良いんだろうね」

 焔は上機嫌に言葉を紡ぐ。

「『猫の手を借りたい』なんて言うけど、まさに今借りてる。良いものだね、猫の手。諺の意味には合わないよ」

「借りをつくらせている、という状態だよね。しかも、無意味なもの」

 奏がふちよを見ていた目を眇める。ふちよは気にせず焔を揉み続ける。奏は幼少期に読んだ「注文の多い料理屋」の挿絵を思い出した。

「柔らかくして食おうとしてるんじゃないの」

 ぺちと焔が奏の膝を叩く。

「ふちよの好意を悪意に変えるな」

 焔の言葉に何を思ったのか、ふちよは太い鳴き声をひとつあげた。それから、のしのしと焔の背を伝って歩く。肩の辺りで腰を下ろし、今度は焔の頭を前脚で踏みしだいた。焔は逆らわず、顔を枕に埋める。

 奏はふんと鼻を鳴らして、焔の右手を叩いた。

「頭が悪いって思われてるんじゃないの」

 焔が奏の手を叩き返す。

「ヘッドスパってやつだよ。ふちよは流石だなあ。ああ効く。血流がよくなる。解れる」

「腑抜けすぎてるから、別の部分やってもらったら」

「ふちよの見立てに従う」

 ふちよは相変わらず真剣な表情で正面を向いている。

 奏は前のめりになってふちよと目線を合わせた。

 ふちよは特に反応を見せずに、熱心に焔の頭を揉み続けている。

 その姿に感心した自分を奏は見つけてしまい、きゅっと小さな唇を結んだ。そして、両手でふちよの動きに合わせて焔の頭を揉み始めた。

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