Odd Night
常陸乃ひかる
Slowly change
どこもかしこも眠らなくなってしまった現代で、深夜の町に蠢く人々には相応の理由があり、外出にいたるまで十人十色の物語があったりなかったりします。
では、わっちはもう寝ます。おやすみなさい。
11:30 p.m.
「おやすみ、リスト! 今日は一緒に寝よう!」
「そちとは寝んぞよ」
「にべもない……」
某マンション。三十代の男が一日を終え、今夜も飼い猫にフラれた。
11:35 p.m.
同じマンション。すぐ隣の部屋では、
「バイトが来ない? また逃げられたか……わかった、今から行く」
某コンビニのフランチャイジーとして独立した
昨今、ドミナント戦略によって、数百メートル先に同系列のコンビニが作られ、高目の店の売上が激減した結果がこれである。
時間と命を削って経営するのに限界を感じ、本部に二十四時間営業をやめてほしいと頼むと、数百万円ではきかない違約金を要求された。本部だけが儲かり続けるシステムに気づいたのは、起業して数ヶ月してからだった。問題のコンビニは徒歩で通える距離にあるが、その距離がいつも100km以上にも感じる。
「あ、そうだ。死のう」
ふと高目は、合理的なリセットを思いついた。ワンステップで叶う後戻りのできないデータの消去を。
彼はこないだ買ったばかりの縄をクローゼットから取り出すと、冷蔵庫を開け、楽しみにしていたプレミアムビールを無感情で飲み干し、空き缶をシンクに投げ捨てて、軽装で外に出た。
肌寒い風を浴びながら、木が鬱蒼とする公園へ入り、しっかりした幹を見つけると、Webで調べた首吊りの結び方を実践した。手がかじかんで上手くいかず、完成したそれは少し位置が高すぎた。いや、背伸びをすればなんとか――
0:20 a.m.
女がある。名を
足利には、カメラを片手に外出するという変わった趣味がある。逆に言えば、カメラと履物以外はなにも身に着けずに外を徘徊するのだ。原因は何年も前に付き合っていた男の性癖が、体から流れ落ちなくなってしまったから。
誰も居ないと安心するが、退屈でたまらない。誰かの気配を感じると胸が張り裂けそうになるが、とても興奮する。何十分か夜の散歩を楽しみ、最後のスポットに選んだのは草木が多めの公園だった。
ふと木々の間から、誰かの視線をもらった気がして、くさむらに身を隠した。ネイキッドでスニーキングしながら、恐る恐る気配を感じたほうへ目をやると、大きな物体が夜風で揺れていた。
「ひ、人……? ひ、ひっ――」
右に左に、暗がりの中で揺れているのは、人間のシルエットだった。足利の全身からは、人に見られた時とは異なる汗が溢れ出てきた。
足を取られ、木に激突し、転んで、身体に
「見られた……」
1:05 a.m.
長距離トラックドライバーをしている
タバコに火を点けようか、ガムを噛もうか、ホルダーから缶コーヒーを取ろうか、思案している最中、全裸の女がドタバタと駆けてゆくのが横目に入った。
一瞬で目が覚めると同時に、自分がどれだけ女に飢えていたのかを実感した。あとから車内カメラを観たら、注視していた時間がバレてしまうだろう。恥ずかしさを覚える余裕があるのが不思議だった。船腰はもう、赤信号が点灯する交差点へ、急ブレーキをかけながら突っこんでいたのだから。
――どうやら、
パトカーと救急車のパトライトが、国道を賑やかにしてゆく様を眺めながら、自費でも良いので高速道路を使えば良かったと諦観した。
1:45 a.m.
病院へ搬送されてきた患者は、手術室に運ばれた。トラックが赤信号で突っこんできたらしい。どういう理由があったかは知らないが、今夜も外来は眠らない。
看護師五年目の
たまに思う。
患者を救えなかった医者は人殺し? 死刑囚が乗っている床のボタンを押し、たまたま絞首刑を執行した刑務官は人殺し? 新型ウイルスをばら撒いた一般人は人殺し? そんな思春期臭いことを。
人間はいつか死ぬ、という現実を知らない人間の多いこと。それは、神様や幽霊を信じるくらい愚かで、人類の
――なにやら外来がバタついている。
先ほど事故に遭った患者には輸血が必要なのだが、O型のストックがなく、駆けつけた奥さんも血液型が違うため絶望的な状況、という以前にも見た修羅場だった。
人間はいつか死ぬ。
「……では私の血を使ってください」
だからこそ西腹は、自分の血液型をたまに面倒臭く思う。
血を提供したというのに休ませてももらえず、西腹はフラフラになりながら業務をこなした。幸いにも一命を取りとめた患者の奥さんから、これでもかと言わんばかりのお礼をもらった。返したのは終始苦笑いだ。
外の空気を吸いながら、意味もなく眺める闇は、いつもしっぽりしていて落ち着く。終わりが見えない様が、心の深淵のようなのだ。
「老けそう……。給料上がらん、出会いがない、やってることは介護と同じ」
看護師が全員、みんなの命が助かれば良いなんて、綺麗事を思い描いているわけではない。仕事と割り切っている人間も少なからず存在するのだ。
だから今夜も西腹は、仕事はこなそうと思った。
3:15 a.m.
まさに白衣の天使という形容がピッタリの看護師だった。
それは、ふと意識が吹き飛んだ瞬間――青色の軽は、ほぼノーブレーキで、ガードレールに突っこんでいた。
ほどなく本日二度目の国道の交通規制が入った。
残念ながらもう奇跡は起きそうにない。
3:40 a.m.
あと数年でミソを超える
「ふぁぁ……外でも散歩して、面白いネタでも見つけるか……」
――どうせ今日は休みである。
鬼頭には、上場企業に勤める四歳年上の恋人がおり、昨今は密かに同棲を考えている。彼の家で飼っている猫に嫌われている気がするが、どうにでもなるだろう。それよりも気がかりなのは、自らがWebに投稿している小説の行方である。
鬼頭は、本を読まない自称小説家たちよりも文才がある。
そこそこ面白い物語を考える柔軟性がある。
鬼頭にないのは横のつながりである。とにかくフォロワーを増やすのが面倒で、Webで活動しながらも、基本コミュニケーションを取ろうとしなかった。
流行のイミテーションが溢れかえる浮世で、承認欲求がモチベーションになってしまった作家をフォローするよりも、孤立を選ぶような性格だ。
なにより、作品の評価基準でもある[♡]や[★]の数を戦闘力と勘違いし、ワンタップ、ワンクリックが承認欲求解消ボタンであることに気づかない愚者になり果ててしまうのが怖かった。挙句、その程度の評価基準を、無意識に『インセンティブ』として喜んでしまう脳ミソへと書き換えられる過程にぞっとした。
作家志望の感情をコントロールし、作家志望を容易にアジテーションしている企業は優秀だ。あえてコミュニティを分断し、読みたくもない作品を褒め合い、さらなる評価を欲する者を生産してまでも、コンテンツを発展させるのが正義だからだ。
――結論。企業の調教にまんまとハマるには、やはりワークスペースをゴミ屋敷にすれば良いのかもしれない。
「……と言いつつ、わたしはネタが思いつかない。みんな優秀だなあ」
寝起きで夜風を浴びても、思い浮かぶのは文句ばかり。
頭はまだまだ冴えてこない。
「字が読めず、文章が書けない作家は、作品に如実に表れるからなあ。じゃあなんで抜け出せない? どれだけ稚拙な文章でも評価してもらえるから。そうしてクリティカルシンキングが死に、『これで良いのだ』と思いこみ続け、駄文製造機になっちゃう。すなわち企業が、本という媒体を衰退させてる。よし、『出版業界 VS 跳ねっかえり作家』の話を書けば……! クソつまんなそう」
鬼頭は、大自然の力を借りてもネタが思い浮かばず、気づけば恋人のマンションの前まで来ていた。これからの帰宅を考えると足が重い。
5:55 a.m.
「ふぁぁ……ここに来て、程よい倦怠感――痛っ!」
そうして朝日が、恋人の部屋の輪郭を照らし始めた頃、鬼頭は小さな段差につまずき、受け身を取ろうとして掌から出血した。
「痛い……泣きそう。アイツの部屋……合鍵で侵入したろ」
けれど、鬼頭は知らない。
その小さな怪我を負った原因が、巡り巡ってフランチャイズ展開しまくっているコンビニのせいだということを。
彼の隣の部屋に住んでいる男が、二度と帰ってこないことを。
この付近で露出狂が出ることを。
そこの国道で二件も大事故が発生したことを。
ネタが転がっているのに気づかず、
「あぁ、夜が明ける」
了
Odd Night 常陸乃ひかる @consan123
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