鍛冶屋の1日見習い【KAC2022 9回目】

ほのなえ

鍛冶屋と少年

「ああっくそ忙しいな本当!」

 鍛冶屋の男、ブラッドは剣の製造に追われている。あまりの忙しさにブツブツと何やら文句を言いながらも、手は休めることなく剣をいでいる。

「仕事があるのはありがてぇが、これを全部やってもそんなに稼ぎにならねぇのが辛いところだな…王家直属だとかのいい仕事は全部、最近できた鍛冶屋ギルドの連中が持って行っちまうし。あいつらよりはうちのほうが技術は勝ってんのに、偉そうなんだよな。それが気に食わねぇから仲間にならなかったらこんな仕事しか回ってこねぇし…」

 ブラッドは持っていた一本の剣をちょうどぎ終え、出来を確認してため息をつく。

「せっかくの親父から受け継いだ技術もくず鉄でしか作れないんじゃあ台無しだ。もっといい鉱石で剣を作れりゃギルドのやつらよりいい剣が作れるのによぉ」

 ブラッドは持っている剣をそこいらに放っておいた多数の剣の中に放り込む。

「これであと5本…とはいえ今までの分も仕上げの作業もできてねぇし、とてもじゃねぇが納期に間に合わねぇ…せめて手伝いが誰かいればな…」

 とはいえブラッドの鍛冶屋には今ブラッドただ一人だけだった。元師匠であり昨年引退した父親は剣の納品に出掛けおり、弟子はというと…何度か取ったこともあるが、厳しさからか、ギルドの方から勧誘がくるのか(ブラッドは後者ではないかと睨んでいる)、毎回すぐ逃げられてしまい、今は誰一人として残っていなかった。


 次の剣の作製にとりかかろうと立ち上がったブラッドは、ふと店先にいる少年に目がまる。物陰から顔だけを出してこっそりと様子を伺い…作りあげた剣の方を見ているようである。

(なんだぁ?鍛冶に興味があるのか?とはいえさすがに弟子にするにはまだガキすぎるか…?…とはいえ今は猫の手も借りてぇ状況だし…よーし!)

 ブラッドは少年の方にずかずかと歩いてくる。少年はブラッドを見るとびくっとして一歩後ろに下がる。

「俺は鍛冶屋のブラッドだ。ボウズ、鍛冶に興味があるんだろ。その年で興味示すなんざ、なかなか見どころのあるヤツだ。今日一日、見習いとしていろいろ手伝わせてやるよ」

「え、いいよ…。僕…剣なんて…」

 少年は否定するが、全く聞いていないブラッドは少年を掴んで鍛冶屋の中へ連れていく。そして落ちている剣をさやからスラリと抜き、少年に見せる。

「これが俺の作った剣だ。ボウズには、とりあえずそこらに散らばってるこの剣をこの布っ切れで綺麗に拭いてもらいたい。まだ鉄屑とか粉が付いてるからそれを…」

「む、無理だよ!剣に触るなんて…」

 少年はブラッドの言葉を遮り、剣を恐ろし気に見て後ずさる。

「…僕、剣が怖いんだ。家族にも大袈裟に怖がりすぎだってよく怒られるんだけど」

「剣が怖い…そうか」

 ブラッドはそれを聞いて少し思案した後、口を開く。

「それは間違っちゃいねぇし…怒られるようなことではないがな。人を傷つける可能性のあるブツなんだから、むしろ一切怖がらずにブンブン振り回したり、剣を持っただけで自分が強いと錯覚するようなやつのほうが異常でアブねぇやつだろ」

 少年はその言葉を聞いて…初めて聞いた考えのようで、ぽかんと口を開けてブラッドを見ている。

「だが…剣が何もしなくても切りかかってくるわけじゃねぇんだから、剣自体は怖くねぇし、悪いものでもねぇ。使う人間次第で変わるもので、何かを守ることにも使えるもんだ。もし剣が人を傷つけるよくないものだとすると、それを作ってる俺まで悪者ってことになるだろ…そんなものではないと俺は信じてるんだがな」

 ブラッドの言葉に、少年は少し何かを考えた後…こくりと頷く。

「確かに…剣がよくないものっていうわけじゃないよね。鍛冶屋が悪い人だってことになるのもおかしいし」

「わかってくれたか、ボウズ」

 ブラッドは満足そうに笑みを浮かべると、剣を布で優しく拭くところを少年に見せる。

「ほら、こんな風に優しく慎重に扱えば大丈夫だ。とはいえ刃物だし…油断すると手を切るから気を付けな。まあボウズは元々剣を怖がってるくらいだし、雑に扱ってケガしたりする心配はねぇと思うがな。ほれ、やれそうならやってみろ」

 少年は恐る恐る剣をブラッドから受け取り、触れる。研磨されてツルツルとした表面に、自分の顔が映る。

「…きれいだね、おじさんの剣」

「だろ?まあ元がたいした材料じゃねぇから性能はそんなにパッとしねぇが、その割にはそこそこ上手く仕上げてると思うぜ。あーあ、もっといい材料を使うことができればこの国一番の剣を作ってやる自信があるのによ」

 ブラッドはそう言いながら立ち上がり、うーんと伸びをする。

「さーて、そろそろ俺も仕事しねぇと。今から一から剣を作るから、それも興味があったら見てな」

「…うん!」

 少年はキラキラした目でブラッドが鉄鉱石を手に取り、剣を作り始める様子を見つめる。


 一日が終わり、少年の手伝いもあって納品する目途めどがたち、安堵したブラッドは、少年に礼を述べていくらかの駄賃を渡そうとするが、少年に断られる。

「なんか、おじさんお金そんな持ってなさそうだしいらないよ。お金貯めて最高の剣作りたいんでしょ」

「だけどよ…じゃあなんか、代わりに欲しいものはあるか?例えば…ちょっと待ってな」

 ブラッドは店の奥に入って何やらごそごそと探した後、子供用の小さな剣を持ってくる。

「まだ子供用なんてものは商品になくてな、試作段階のものなんだが、よかったらやるよ。剣に慣れるための練習に使いな」

 少年はそれを見ると、初めは少しの戸惑いの表情を見せるも、剣を抜いてじっくりと見て…次第に目を輝かせる。

「ありがとう、ブラッドおじさん!僕…この日を忘れないよ」

「ははは、大袈裟なこと言いやがる。もしボウズがもうちょっと大人になったら俺の弟子にしてやるから、その時はまた来いよな」

「…うん……ありがとう!…日が暮れてきたから、僕もう行かなきゃ。じゃあね!」

 少年はそう言って、剣を手に駆け出してゆく。



 その後、10年の月日が経ったが、少年が弟子を希望してやってくることはなかった。

(もうそろそろ大人になってる頃だろうにおかしいな。でも確か、剣を怖がるのを怒られたとか言ってたし…剣士だか兵士だかの家柄なんだろうか。それならまあ、鍛冶屋なんかできねぇだろうな)

 少し老けたブラッドはある日そんなふうに、ふと少年のことを思い出す。

(そういや、あのボウズのこと何も聞いてなかったな…せめて名前くらい聞いときゃよかった)


 ブラッドの鍛冶屋は10年経っても変わっておらず、あいかわらず儲かっているとは言えない外見をしていたが、安い値段でもそこそこの出来のものをこしらえてくれると評判になり、お得意様も少しは増え、徐々に質の良い材料でも剣を作れるようにはなっていた。

 ただ、あいかわらず弟子はいなかったし、鍛冶屋ギルドの店の華やかさには到底及ばなかったが…出来る範囲でのんびりと営業を続けていた。

(ん?なんだか前の通りが騒がしいな。…ああそうか、今日はこの国の王子の一行が凱旋する日…だったか)

 ここしばらく隣の国との戦争が続いていたが、先日、国王の長男、アルフレッド王子が率いる軍が勝利し、戦争が終結することが決まった。王子は今年20歳になるため、その時正式に王位を継承することが決まっている。

(戦争が終わるのはありがてぇが…しばらく仕事は減りそうだな。今日も今のところ暇だし…せっかくだから王子の凱旋でも眺めに行くかな)

 ブラッドはそんなことを思い立ち、店の前まで出てくる。するとちょうど良いタイミングで、王子の一行はもうすぐそこまで来ているところだった。

(ふうん、あれが例の王子か…優しそうなツラしてるが、それでも武功をたてるとは大したヤツだ)

 ブラッドが王子をまじまじと見ていると、その王子と目が合った。

 思わぬことが起きて、どうするべきなんだ…にこやかに手でも振るか会釈する方がいいのか、と慌てていると、王子が馬から降りてこちらへスタスタと歩いてくる。ブラッドは、まじまじ見てたのが失礼にあたったのだろうか…と考え恐れおののく。

「ブラッド…だよね」

「…へ?」

 ブラッドが予想もしていなかった言葉にぽかんとしていると、王子が腰から小さな剣を取り出す。斬られるのか…?と一瞬思ったブラッドだったが、そのやけに小さな剣に見覚えがあることに気が付いて、ブラッドは王子の顔を見る。

 近くでよくよく見ると、昔一度見たことがあるような…どこか懐かしい面影を感じる。

「もしかして…あの時の…」

「そう。10年前、お忍びで町人の恰好をして街に出てた時…おじさんの店で手伝いをして貰ったものだよ。あの時のおじさんがかけてくれた言葉とか、手伝いで剣を触らせてくれて、慣れることができたおかげで…剣への苦手意識が消えて、うまく扱えるようになった。この戦争で勝てたのもそのおかげだよ。ブラッドは私の…そしてこの国の恩人だ。ありがとう」

(…てことは…俺は、あの時知らずにこの国の王子に手伝いを依頼してたのか!?)

 ぽかんとしたままのブラッドに、王子は王家の紋章と何やら文字が描かれた紙を手渡す。

「君には、これから私の専属の武器職人になってもらう。これを店に貼っておくといい…王家直属の武器職人の証だ」

 ブラッドは信じられない気持ちでそれを見つめる。その紙は…今まで自分が欲しくてたまらなかったものだった。

「資金はいくらでも弾むから、この国一番の…最高の剣をお願いするよ。材料さえあれば作れるって…10年前に言ってたよね」

「ああ…もちろんだ。あの時よりも腕はさらに上がってるからな、期待してくれよ」

 ブラッドと王子はお互いにだけ聞こえるようにそう言って、久々に顔を見合わせて笑う。



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