すごろく語録

野村絽麻子

猫の手を借りた結果

「さぁ、次はあなた! どうぞサイコロを振ってください!」

 音がしそうな程に眩しい照明を当てられて、私は顔を顰めた。何をするんだ。それより、ここはどこだ。

 目の前には……人生ゲーム? すごろく? そして私の手にはサイコロが握られているのだった。


「さぁ! どうぞ!」

 急かされている。それではとサイコロを転がしてみればドラムロールが鳴り、トランペットのファンファーレと共に出た目が高らかに読み上げられる。

「ご!」

「五つ、進んでください!」

「さぁ五つ目のマスは……?!」

 カラフルなすごろくの中のちいさなマスに書かれた文字を声に出して読む。

「濡れ手に粟」

 途端、会場にどよめきが溢れ、ここは広い場所なんだなと解る。前髪を耳にかけようとして気が付いた。手に、何かいっぱい付いてる。と言うか手が、なんか、濡れてる?

「濡れ手に粟、達成されましたー!」

 混乱して辺りを見渡すけれど、暗闇の中で大勢の人がざわめいている気配しかわからない。

「では次のサイコロを、振って頂きましょう!」

 マイクで言われるって結構な強制力があるんだなと、思いながら次のサイコロを振る。手から溢れた粟が数粒、カラカラと音を立ててすごろくの手前に転がった。

「さん!」

「三つ、進んでください!」

「さぁ! 三つ目のマスは……?」

 三つ目のマスは……

「腹黒い」

 ほおぉぉ。会場が静かにざわめく。

 腹が、黒い。えーと……え? 焦って服を捲って見ると。

「く、黒い!」

「腹黒い、達成されましたー!」

 腹、黒くなっちゃったけど、これ直るのかな?


「青菜に塩」

「猫に小判」

「二階から目薬」

 サイコロはどんどん投げられ、書いてある言葉は次々と達成されていく。塩を振られてしゅんとなった青菜と、小判に見向きもしない飼い猫のチャロに囲まれて、目薬でびしょびしょになった顔で私は次のサイコロを構える。

「さぁ、次に五以上が出ればゴールです! 五か、六か!」

 ドラムロールが鳴り響く。緊張で手に汗をかいたためか、残っていた粟が心なしかしっとりした気がする。さぁ来い五! こんなトンチキなゲームとはおさらばだ!

 サイコロを、振る。粟はもう飛び散らない。チャロはあくびをしている。ドラムロール。

「あぁっ! 惜しい! 四です!」

 私が読み上げるより早く司会者が宣言する。ぅおおおおんっ! と会場が揺れて、私は頭を抱えた。悔しい。とても。

「さぁ、四つ目のマスは……猫の手も借りたい!」

 ニャア、とチャロが鳴いた。見れば、この状況に飽きたのか、チャロは背中を丸めて伸びをしている。くぅ、とちいさな声を漏らしながら、今度はなだらかに尻を上げて伸び、前足をたっぷりと伸ばした先が、サイコロに当たった。ころり。サイコロの面に赤い丸がひとつ。

「ゴォォオオオルゥゥウウウ!!」

 金銀の紙吹雪が舞い、花火が空に咲き誇る。ファンファーレ。おめでとうのコールを体全体に浴びた私は、会場中に届くよう、大きく大きく手を振った。


 =


 ニャア。

 チャロは鳴いて、その不躾な音を発する機械に抗議した。それはびくともしない。耳障りな音をどうにか止めたい。止めて、自分の平穏と、飼い主の安眠を守りたい……とまで思ったかどうかはともかく、偶然にもチャロの愛らしい肉球は目覚まし時計の頭のボタンをプッシュした。結果としてアラームは止まる。

 スン。

 満足げにちいさな鼻を鳴らしてから、チャロの姿は飼い主の掛け布団の隙間へと潜り込んでいった。

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