0-2
【20☓☓年5月10日、〇〇高等学校在学中の1年、
カッターの指紋から田所以外のものは検出されていない。自殺と断定。
しかし、その場にいた田所と同じ学生、浅田翔夢を被告人として逮捕。
事件性の有無は現時点では、不明。
その後の調査は少年事件課から〈危険特殊能力部〉に委託。】
「…また、厄介な事件を回してきたな」
危険特殊能力部のオフィスの中心にあるデスク。そこに座って、一部の書類に目を通している若い男がいた。
黒のブランドスーツをきちんと着こなし、黒い短髪のサイドをツーブロック状にしてビジネススタイルを意識した姿。
彼の名は
この部署に配属されてから5年で署長に成り上がった優秀な人物。
まだ、20代後半である若さから彼は他の部署から舐められる事が多々ある。
「その厄介な事件を解決するのがあんたらの仕事なんでしょ。署長さんよ」
木嶋の目の前に不敵な笑みを浮かべながら煽る中年の男。
いかにも刑事らしいヨレヨレのコートを白のカッターシャツの上に羽織っている。髪が1つもない丸頭は蛍光灯によりピカピカテカっている。
少年事件課の課長である彼の名は
仕事歴は30年以上になる為、木嶋のような若い者が昇進するのが気に食わないと思っている者の1人。
だが、仕事が出来る木嶋のことを誰よりも信頼している者の1人でもある。
「湯沢課長、1つ尋ねますが、この事件はいじめっ子による復讐殺人事件との事で私の部署の方へ回した…で本当によろしいでしょうか?」
木嶋は、ウェンリントン型の黒い眼鏡のフレームをクイッと上げる。
キラリと光るレンズの奥には険しい表情。
問われた湯沢はため息をついて憂鬱そうに返答する。
「よろしいも何も、動機はきちんとあるんだ。ただ、」
「ただ?」
「…ちゃんとしたアリバイがあるんだよ。そのガキには。他の人の目撃情報が多数あるからお手上げ状態」
そう言い切った湯沢は両手を上げてお手上げポーズをする。
ふむと木嶋は考えながら顎に手を当てる。そして、少し間を開けて質問をぶつける。
「…本人からは何かを言っていましたか?」
「いんや、何も。何かに怯えている様子ではあったが、話す気配はない。だから、あとはあんたらの方で調べて欲しいんだが…」
デスクの上に1人の男子高校生、浅田翔夢の写真を置いて、湯沢はトントンと人差し指で突く。目線は木嶋に向けながら声色を低くして言う。
「このガキはあの特殊能力とかいうふざけた力を持ってんのか?」
湯沢の口振りからして、少し苛ついている様子が見れる。
だが、そんな彼の様子を気にしないで木嶋は素っ気ない返しをする。
「それに関しましては現在、私の知り合いが確認しているところです。…恐らくはそうである可能性の方が大きいかと思われます」
「おい、木嶋。そろそろその変な特殊能力っつうもんの詳しい話を聞かせろよ。一般には、あるということは伝わっていても詳しく知らされてねぇんだからこっちは混乱状態に陥ってんだよ。そこんとこ、署長であるあんたがどうにか説明出来るだろ?」
バンとデスクを叩く湯沢は怒りを露わにする。
彼が苛ついている理由の1つ。自分には分からない事が事件に関わってくるからだ。
すべてを解決したいのに必ず1つのピースが欠けたまま、事件の終息。
それが嫌で気に食わないと思っていた湯沢は、目の前にいる男にいつも問う。
しかし、それに対する答えはいつも1つ。
「あなた方は知らない方が良いです。知られても困るだけです」
機械的に否定してくる声が湯沢の怒りに火をつける。
―今回はなんとしてでも聞き出そう。
そう思って次の言葉を口にしようとしたその瞬間だった。
バリン
突如、木嶋の背後にある1枚の窓ガラスが割れた。
何かが当たった訳でもなく、又は何かが外側からぶつかった訳でもない。
独りでに窓ガラスが割れてしまったのだ。
まるでポルターガイストのような現象が急に起きたみたいに。
「………」
突然の出来事に呆然となる湯沢。あまりにも急すぎることだったので声も出せない。
その様子を見て木嶋は、ため息をついた。
「湯沢さん、そろそろご退室を。この後、私はすべき仕事がありますので」
木嶋の声にハッと我に返った湯沢。疲れた表情を浮かべながら彼は部屋から出ていこうとする。
…が。
「…また、聞きに来るからな」
懲りない湯沢は捨て台詞のようにその言葉だけを残して退出。
「…あのハゲ頭の人にはもう二度と来て欲しく無いな」
内心ではもう、呆れ返ってモノが言えない状態である木嶋。
今回は、特にイライラしていた為、少しやらかしをしてしまったようだと反省する。
とりあえず、後片付けは後にして、ひとまず休憩に入ろうと椅子から立ち上がる。
そして、熱いコーヒーを飲もうと木嶋は自分のコップを持ちながら、コーヒーマシンを動かす。
ふと突然何かを思い出したのか、彼は自分のデスクにある書類に視線を映す。
―そういえば、今頃あの男は、この男子高校生の世話をしているのであろうか…?
書類の最後のページにタイピングした文字とは違う殴り書きで書かれた文章が1文だけあった。
『浅田翔夢、
それは淡白なたったの1文だった。だが、木嶋はそれを読んで何かに察した。
「…後は頼みましたよ、ルディ講師」
木嶋は、信頼できる1人の男の名を小声で呼んだ。
そして、それを隠すかのようにコップに入ったコーヒーを口にする。
命を捨ててまで守るものは…ない!!〜明日への生命〜 紅茶時間 @teatime03
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