JKWeb小説作者の先輩が猫の手も借りたいと言うので貸してみた
藤浪保
女子高生Web小説作者の先輩が猫の手も借りたいと言ってきたので貸してみた
今日も空き教室で先輩と二人だけで過ごしている。
俺はひたすらスマホでWeb小説を読み、先輩はノートパソコンのキーボードを叩いている。
生徒会の仕事をしているのだと思っていた先輩が、実はWeb小説を書いていると知ったのは、つい先日のことだ。
「ねぇ」
顔を上げた先輩が、話しかけてきた。
なぜかパソコンを脇にどける。
「なんでしょう?」
「……」
聞き返したのに、先輩は視線を落として何も言わない。なんだかそわそわしているように見える。
「先輩?」
「あのね……」
余程言いにくい事を言うのか、先輩はまた言葉を切った。
ついに来たか、と俺は思った。
やっぱり邪魔だから出て行って欲しい、と言われるのだろう。
これまでは先輩の厚意に甘えさせてもらっていたヶ、ついにその時が来たのだ。
短くも楽しい時間だったな、次の場所を探さないと、と思考を巡らせる。
「あのね――」
先輩がうつむいたまま大きく深呼吸をする。
「恋愛に挑戦してみようと思っているの」
「新ジャンルですか? 今まで異世界ファンタジーばかりだったんですよね?」
「ええ」
「どういう心境の変化です?」
Web小説を書いている人は、書くジャンルが
得意なジャンルを書く方がいいに決まっているし、複数のジャンルを書くとファンが分散してしまうからだ。
「ただ挑戦してみたいと思ったの。書いてみないと向き不向きはわからないから」
「前向きな理由ならいいと思います。応援します」
「本当?」
先輩が顔を上げた。
「本当ですよ。ペンネーム知らないから直接読んで感想を言ったりはできないですけど、執筆活動は応援してます」
「じゃあ……」
先輩がまた視線を落とす。
「協力してもらいたい事があるの。お願いしてもいいかしら」
「もちろんです! 何をしたらいいですか?」
「……欲しいの」
「え? すみません、聞こえませんでした」
聞き返すと、先輩は、キッと俺をにらみつけた。
「手を繋いで欲しいの! 私と!」
「ええっ!?」
やけくそのように叫ばれたそれは、とんでもない発言で。
「手を繋ぐって、俺と先輩が? 何で」
「私、恋愛をしたことがないの」
「恋人がいたことがないって意味ですか?」
「いいえ。誰かを好きになった事がないのよ」
意外だ。
非公式のファンクラブがあるくらい人気があるのに。これまでつき合った人はおろか、好きな人もいなかったなんて。
「それで、異性と手を繋ぐ感覚が知りたくて。正直、猫の手も借りたいというか……。あ、でも、迷惑ならいいのよ、全然っ」
慌てたように先輩が両手を体の前で振る。
「いや、迷惑だなんてそんな! 先輩が言うなら、俺は猫にでもなんでもなります」
ていうか、むしろその役は俺でいいのか!?
「そ、そう、良かったわ。じゃあ――」
先輩が立ち上がり、すたすたと俺の横まで歩いて来る。
「えっと……立ってくれないかしら」
「あっ、すみません!」
勢いよく立ちすぎて、椅子がガタンッと音を立てて倒れた。
「すみませんっ」
再び謝って、椅子を戻す。
「えーっと……」
「私の横に並んでちょうだい」
「わかりました」
俺は先輩の右横に並び、ピシッと背を伸ばした。
はっ! 右でいいのか!? 左が正解!?
内心
「うわぁっ!」
「きゃっ」
びっくりして思わず飛び上がってしまう。
「すすすすすみませんっ!」
驚かせてしまった事を謝り、直立不動の姿勢に戻る。
ドキドキと心臓が鳴っていた。
触れてくるのを待っている時間が、異常に長く感じる。
そっと先輩が指の背で俺の指に触れてきた。
ぴたっと体につけていたら手は繋げない。
俺は手を
その手の平に、先輩が手を差し入れてくる。
握ればいいのか? 握ればいいんだよな!?
考えてみたら、俺だって女子と手を繋ぐのは小学校低学年の時以来なわけで。
優しく、強すぎないように……っ!
するっ。
先輩が指を絡めてきた。
「!?」
悲鳴が漏れそうになったのを、右手で口を押さえることで辛うじて耐える。
びくんっ、と体が大きく反応してしまったが、それは致し方ないだろう。
あろうことか、先輩はそのまま、柔らかく手を握ってきた。
これは
ばっ、と先輩を見ると、先輩はうつむいていた。どんな表情をしているのかわからない。
握らなきゃ駄目だよな!? だってこれは先輩の頼みだし! 先輩が良いって言ってるんだから!
俺は、ぴんっと伸ばしていた指を、ゆっくりと曲げた。
指先で先輩の手の甲にふれると、その手がびくっと震える。
やばっ。
調子に乗りすぎた、と思い、指先を先輩の手に触れないくらいの位置に戻す。
すると先輩が、ぎゅっと手に力を込めてきた。
いいってこと!? え、いいの!? ほんとに!?
もう一度指を曲げると、先輩の手は今度は震えたりしなかった。
ちらっと嫌がっていないのを確認して、そっと手を握り締める。
先輩の手は、小さくて、すべすべで、少しひんやりとしていた。
うあああっ!
相手が女子である事と、それが先輩である事を急に実感して、頭が
握った手を通して先輩に脈が伝わってしまいそうなくらい、心臓がばっくばっくと鳴っていた。
絶対キモいって思われてる!
だが、先輩が手を離さない以上、俺から離すわけにもいかない。
やがて先輩が「ふぅ」と小さくため息をついた。
俺の時間感覚はでたらめになってしまっていて、どのくらい時間が経ったのかはわからない。
ゆっくりと手の力が緩んでいくのを感じて、俺も先輩の手を離した。
「ありがとう。少しわかったような気がするわ」
見上げてきた先輩は平然としていた。
だよな。意識してるのは俺だけだよな。猫の手にしか思われてないもんな。
ほっとしたような残念なような気持ちが湧き起こる。
「いえ、先輩の役に立てたならよかったです」
「ええ、助かったわ」
そう言って、先輩は席に戻っていった。
* * * * *
どうしよう。
さっき手をつないだ右手が気になって、打ち込む文字が文章の
ちらりと目線だけで後輩を見ると、真剣な顔でスマホを見ている。
思ったよりも大きくてゴツゴツした手だった。
特別男らしいという見た目でもないのに、やっぱり男の子なのね。
この感情が落ち着いてしまうまえに、文字にしないと。
私は、ドキドキしている心臓を抱えながら、キーボードに向き直った。
JKWeb小説作者の先輩が猫の手も借りたいと言うので貸してみた 藤浪保 @fujinami-tamotsu
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