その手なんの手にゃんこの手
なごやういろう
少女は猫の手を借りる
「違うじゃん!」
蝋燭の灯りだけの部屋の中であたしは立ったまま叫んでいた。
「何が違うのだ?」
薄暗い部屋であたしの見つめる先にいるものは、蝋燭の灯りをその身に受け背後の影を揺らしながら言葉を返す。
それはたった今あたし自身が召喚した存在だ。
「違うじゃん!!」
相手の疑問に答える気もなく床に膝をつき再び叫ぶ。
「猫の手でも借りたいと願ったのは君だろう?」
ため息をついて返される。
そう。猫の手も借りたいと召喚したのはあたしだ。
「違うじゃん!!!」
あたしは床に突っ伏して三度叫んでいた。叫ばずにはいられなかった。
部屋の床に広げた魔法陣布の上に屹立しているのは肘から先の猫の手が一本だけだった。
* * *
今日、三月二十四日に終業式が終わり昼前に自宅に帰ってきたわけだが春休みは明日から月末までの一週間だけだ。
新学期は四月四日からだが一日には自宅から全寮制の高校の寮へ戻り、同時に課題の提出をしなければいけない。
つまりため込んだ課題のリミットもまた残り一週間という現実が壁となって眼前にそびえ立っていた。
課題を提出しなければ入寮は認められない。
この課題は春休みの課題という名目ではあるが実質は三学期全体を通したもので、その期間に学んだことを盛り込んだ内容となっている。
真面目な生徒なら年始からこつこつと積み上げ課題を終わらしただろう。
不真面目な生徒ならここからの一週間ひたすら課題を消化しただろう。
課題を全くもって進めていないあたしはある意味では追い詰められている。
しかし不真面目かつものぐさなあたしをなめてもらっては困る。
楽をするためには如何なる労力も惜しまない。それがあたしだ。
本来三年から基礎を学び大学で覚える召喚魔法を独学で調べ上げ、召喚したものに課題をやらせようというパーフェクトな計画。……のはずだった。
「話は分かったがそれは君の課題だろう。応用として使役したものに行わせるという発想は悪くはないが、ひとかどの魔法使いになりたいのであれば君の年齢なら基礎は大事だぞ」
猫の手だけの得体の知れない珍妙生物に至極真っ当な正論を言われる。
どういう発声器官なのか分からないし口っぽいものも見当たらないがイケメンの低音ボイスなのが腹が立つ。
「あーあー、そんな正論聞きたくありませーん。普通こういうのってなんか人間の言葉を喋る使い魔っぽい猫とか、猫耳のかわいい男の子だとか、あたしを取り合う各種属性の違う猫青年がたくさんとか、そういうのが召喚されてもいいじゃない! それでなんやかんやあたしのこと助けてくれたりしないの!?」
どうも課題をやる気はないようなので存在そのものに文句を言う。
「君の性癖に興味はないし趣味で書いているWeb小説の内容かは知らないが、召喚魔法はそんなに簡単なものではない。君に選ばれなかった猫青年同士がいがみ合っているうちにお互いの良さに気付いて恋人になる薄い本も作るのは簡単なものではないだろう?」
くっ!! こいつどこまで知ってやがる!?
「あー! こんなことなら猫の手じゃなくて孫の手にするんだったー!!」
背後にひっくり返ってクッションを抱え部屋をごろごろと転がる。
「私はそれで一向に構わないが君程度の魔力では望んだものは出てこないぞ。孫の手をイメージしたところで現れるのはなんの生物か分からない手首から先だけの……」
「やめてっ!!」
ホラーな話になりかけたので話を断ち切る。
「はあ……諦めて課題やるか……。もう用ないから帰っていいわよー」
とぼとぼと机に向かい後ろにいる猫の手に適当に手を振っていると返ってきたのは予想外の言葉だった。
「ふむ。召喚に応じてやってきたわけだし最後まで面倒を見てやろう」
* * *
結果から言うと猫の手は役に立った。
課題そのものはまったく手伝ってはくれなかったが、睡魔に負けそうになればビンタされ、サボれば爪を立てた猫パンチを受け、朝に起きずにいれば鼻と口を塞がれ、家から逃走すればどこまでも追いかけてきた。
一応厳しいばかりではなく、ずっと座って腰が痛いと言えば「猫の手もみ職人の朝は早い」とか意味不明なことを呟きながらマッサージしてくれたし、目が疲れたと言えばまぶたの上から肉球で押しつつ謎のヒーリングをかけてくれた。
そんなこんなで課題は無事に四月一日の朝には終わったのだった。
最終日の徹夜明けのテンションのままハイタッチをしようと机の上で監視していた猫の手を見やると、器用に親指を立てた感じで無言で沈んで消えていってしまった。
なによ。お礼くらいは言わせなさいよ。
ありがとう、猫の手……
その手なんの手にゃんこの手 なごやういろう @uirou758
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