兄を探したら猫を見つけた

葛瀬 秋奈

きっと最後はハッピーエンド

 私の兄は漁師をしている。ある朝、兄は魚を獲ってくるといっていつものように出ていったきり戻ってこなかった。兄はもちろん心配だが、目下の問題は今日食べるものがないということだ。


「お腹すいた……」


 私は兄を探すついでに浜辺で貝を拾うことにした。魚より量で劣るが仕方ない。私は釣りが苦手だ。しかし貝や海藻をいくら拾っても兄は見つからなかった。


 途方に暮れて帰ろうとすると、グウと腹の虫が鳴った。違う、腹ではない。私ではないどこか別の場所から聞こえてくる。

 キョロキョロと辺りを見回すと、浜辺にうつ伏せで猫がぐうぐうと寝ていた。後ろ脚だけ長靴をはいている奇妙な猫だった。

 そんなことよりこのままここで寝ていると潮が満ちて波にさらわれてしまう。私は急いで猫を起こすことにした。


「猫さん、こんなところで寝ていると危ないですよ。潮が満ちてきます」

「むにゃむにゃ、それは大変だ。ありがとう娘さん。いやしかし、うっかり寝過ごしてしまったな。今夜の宿はどうしようか」

「なんのお構いもできませんが、よければ我が家へ来ませんか。これもなにかの縁ですから」

「どうもご親切に」

「兄が帰らなくて寂しかったんです」

「ふむ、よければお話し聞きましょう」


 家に着いてから猫にこれまでの経緯を話した。兄が帰ってこないこと、お腹が空いて貝や海藻を集めていたこと、猫を見つけたこと、こうして日が沈んでもやはり兄は帰ってこないこと。


「あ、そういえば猫に貝は毒でしたね」

「大丈夫ですよ。まだ狩りの腕前は衰えちゃいないから」


 猫は長靴を脱いだ状態でひらりと天井裏に潜り込んだ。しばらくガタガタしていたかと思うと急に音が止み、大きなネズミをくわえた猫が降りてきた。


「人間てのは不便ですね、ネズミが食えないんですから。明日は一緒にお兄さんを探しに行きましょう」


 私は曖昧に笑うしかできなかった。


 翌日。

 猫は本当に兄探しについてきた。


「何か用があってここまで来ていたのではないですか?」

「恩返しより大事な用なんかありませんよ。それより、人探しの基本は聞き込みです。情報を持ってそうな人に聞いてみましょう」


 ちょうど浜辺に子供たちが遊んでいたので聞いてみることにした。


「これこれ、そこの子供たち。昨日、ここらで漁師のお兄さんを見なかったかい?」

「あ、猫が立ちあがって歩いてる!」

「猫のくせに長靴はいてる。変なの!」

「……もう一度聞くね。漁師のお兄さんを見なかったかい?」

「ああ、あの人かな。魚くれたんだ」


 兄は魚を釣っていたらしい。なのにどうしてかそれを持ち帰らずこの子たちにあげてしまったようだ。


「あの人も変な人だったな。亀なんか助けてもなんの得にもならないのに」

「亀?」

「おい」

「しまった。いや、何も知らないよ。亀とかいじめてないからね!」


 引き止める間もなく、子供たちは蜘蛛の子を散らすように逃げてしまった。


「どうやら、あの子らが亀をいじめていたところを助けたようですね」

「兄さんは優しい人だからなあ」

「とすると……ちょっと待っててください」


 猫は波打ち際の岩場へ行って何者かと喋っていたが、やがて落胆した様子でこちらへ戻ってきた。


「魚たちに聞いてみたのですが、やはりお兄さんは亀の恩返しで竜宮城へ連れて行かれてしまったようです」


 竜宮城。耳慣れない響きだ。


「居場所がわかったならいいじゃないですか。どこにあるんですか?」

「海の底です」

「え?」

「戸惑うのも仕方ないが、本当に海の底にあるんです。亀の一族は海の底への移動手段を持っているけれど、猫では無理だ」

「つまり、兄のところへは行けないと?」

「しかも竜宮城の時間の流れはこちらと違うんです」

「いつ帰るかもわからないわけですね」

「お役に立てなくてごめんなさい」


 猫は深々と頭を下げた。


「頭なんて下げないでください。あなたのおかげで兄の居場所がわかったんです。それだけでも良かった。私は置き手紙を残して外へ出稼ぎにでも行こうと思います」


 私がそう言うと、猫はもじもじしなながら声をかけてきた。


「あの、よかったら我が家へ来ませんか?」

「はい?」

「西の王国に魔法使いからちょろまかし、もとい、譲り受けた城と領地があるんですよ」

「貴族様でいらっしゃったんですか!」

「まあ本来は主人のものなのですが、主人は新しい城に家族と住んでいるので、古い城の管理を手伝ってくれる人がほしいなーと」

「そういうことでしたら喜んで。私、釣りは苦手ですが掃除と洗濯は得意なので」

「では、改めてよろしく」

「よろしくお願いします」


 今度は私が頭を下げる番だった。


 こうして私は置き手紙だけ残して故郷の海を離れた。でも、海は繋がっている。いつか兄に再び会える日もくるかもしれない。


 猫の城は思ったより大きくて維持管理は大変だが、毎日が充実している。私以外にも猫と出会い助けられた人々が続々とやってくる。森に置き去りにされた兄妹、行き倒れたマッチ売りの少女。もうみんな飢えに苦しむことはない。私は今、とても幸せだ。



 だから、兄さん。

 もしも帰ってきたときに私がどこにもいなくても、どうか悲しまないでくださいね。

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