猫は時々、招き猫
かさごさか
第1話
「はい、便利屋『猫の手』です」
雑居ビルの一室、プラスチック同士が噛み合う音が虚しく反響した。電話を切った人物は椅子の背もたれを軋ませながら長い溜め息を吐いた。
「社長、幸せが逃げますよ?」
「バカ言え。溜め息ごときで逃げる幸せなんざこっちから願い下げだわ」
そう言って男は通話中に書き散らしたメモをまとめ始めた。
彼らが営むのは町の何でも屋。草刈りや害虫駆除、時期にもよるが農家の手伝いに向かうこともある。依頼が来るのは良いことだ。ただ、社名のせいか来るのは専らペット関連であった。否、原因は社名だけではない。社長と呼ばれた男は窓に視線を移す。そこには長毛種の猫が一匹、窓の外を眺めていた。
白黒の猫は『ぶちお(命名・社長)』と呼ばれ、社内を歩き回りパトロールする他、接客や社員に癒やしを提供するなど自由気ままに過ごしている。
ぶちおは雑居ビルに迷い込んだ所を社員の一人が発見し、保護された猫だ。体の至る所に泥をつけ、ヒゲには糸くずが纏わり付き、毛づやも目つきも悪かった猫が日当たりの良い窓際に香箱座りで微睡んでいるのを見ると何やら感慨深いものがこみ上げてくる。そして、ぶちおが来てからペット関連の依頼が増えているのもまた事実であった。
繰り返すが、依頼が来ることは良いことだ。それがペット関連であっても社長には些細な事であった。彼が長い溜め息を一日に何度も吐き出すのには別の理由がある。
ガチャ結果が悪い。いや、悪いなんてものじゃない。昨夜から行われているピックアップに既に彼は三万円をつぎ込んでいる。重課金勢はこの比じゃない額を注ぎ込んで新規実装されたキャラを引き当てているが、彼には守るべき会社と家族がおり、なおかつ小遣い制であった。
進路と退路を失う一歩手前にいる彼は、何を思ったのかぶちおに近づき、ゲームを起動しガチャ画面に移動する。藁にも縋る思い、SNSでたまに見る猫の手教に彼は手を出そうとしていた。
猫の手教とは、猫の肉球をスマホ画面に押し当て代わりにガチャを回してもらう事で最高の結果を手に入れる宗派のことである。
ぶちおの前足をそっと掴み、十連ボタンに押し当てる。その様子を見ていた社員達は呆れていたが社長は背を向けているので気がつくことはなかった。ぶちお、お前がリアル招き猫になるんだ。
そして、社長は大勝利を納めた。最高レア確定演出、二枚抜き。彼史上かつてない程の神引きに人目も憚らず上体を仰け反らせ、ガッツポーズを天に掲げた。そのテンションのまま、社長はスクショしたガチャの結果とぶちおの後ろ姿を彼個人のSNSアカウントに載せた。
社会は支持率がどうの世界情勢がどうの、有名人のペットが行方不明だの小難しく気が沈む話題で満ちあふれている。だからこぞ、幸せを感じる機会を逃してはならない、例えそれが課金の末のガチャ結果であったとしても。
終わりよければすべてよし。古来より使われていただろう言葉に社長は深く頷いたのであった。
翌日、便利屋に来客があった。応じるとそこには警官が二人。そのうち宮山と名乗った男が紙を手渡してきた。
「・・・ペット誘拐の容疑が・・・・・・」
「・・・・・・お話を伺っても・・・」
警官二人が交互に社長へ説明をしている様子をぶちおは眺めていた。それから我関せずといった顔で窓の外をパトロールし始める。
白黒の猫は今日も日当たりの良い窓際であくびをひとつ零していた。
猫は時々、招き猫 かさごさか @kasago210
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