和菓子と男前の狸さん
あきのななぐさ
ある日、店の中
これはおかしの事件です。
探偵である私が、度々面倒をみている三毛猫さん。とりあえずその連絡を無視し続けていると、どこからともなく現れて、『おかしの事件』があると騒ぎ始めて、現場に急げと背中を押す。だが、不眠不休の捜査に協力した後だったので、正直気乗りはしなかった。ただ、そのまま放置しても事件――かどうかは別にして――が面倒になるだけなので、早く解決するために、現場へと足を運ぶことにした。
三毛猫さんのいう『おかしの事件』は、男前の狸さんの和菓子の店で起こっていたようだった。
いつも以上に「これはおかしな事件だけど、和菓子な事件でもあるのです! つまり、世にもおかしの事件です! いとをかし!」というどうでもいい情報を連呼する三毛猫さんを放置して、この店のことを思い出す。
いつもは昼間に営業しているが、たまに夜間営業をするこの和菓子の店は、とても評判が良い店として有名だった。ただ、夜間営業するのは本当に気まぐれで、なぜ客の少ない夜に営業するのか、謎の多い店でもあった。
そして、その謎の事件――三毛猫さんがついに『いとをかし!』と呼ぶ――はその夜の営業時間に起きたという。しかも、三毛猫さんはそこで夜のアルバイト――彼曰く、まかない付きで――をしているときに起きたというだった。
「じゃあ、犯人は三毛猫さんで」
「にゃ!?」
店のオーナーである男前の狸さんにそう告げて、私は帰路につこうとする。だが、それを三毛猫さんが肉球全快で押しとどめ、男前の狸さんは、「そんなことはない」と否定していた。
「ですが、三毛猫さんがいるので、そうでしょう」
「ですが、も、なにも! 事件の事を聞きもしないで?」
明らかに不満そうな男前の狸さんの表情に、私は眠いながらも順を追って説明しなければならないと覚悟する。そして、まずは男前の狸さんの考えを聞くことにした。
「では、なぜ三毛猫さんではないと思うのですか?」
ただ、それは単なる思い込みで、自分の店で働いている者を疑いたくないという男前の理由のみ。さらに、男前の狸さんは、思い込みが激しいことでも有名だったので、しかたなくもう少し話を聞くことにした。
「では、なぜ三毛猫さんを雇ったのですか?」
まず、私としては、その方が世にもおかしな事件。だから、まずそれを解決したい。
「物騒な夜に、目を光らせてもらうために」
「あれは単に光ってるだけです」
今も、顔を洗っているだけの三毛猫さんに、そんな機能を期待しても無駄である。
「夜間のナマケモノの店長と一番仲良しだから」
「単に、自分もなまけたいだけです」
「忙しい時は、猫の手を借りるというだろ?」
「忙しくないでしょ?」
妙な基準で三毛猫さんを擁護する男前の狸さん。だが、その基準こそが問題であることを認識してもらいたいと期待する。
「じゃあ、何だったら納得するんだ! 三毛猫さんの目を見ればわかる! あの目は嘘をついていない! 俺にはわかる!」
もうどうしても自分の意見を曲げない男前の狸さんを放置して、歓喜して踊っている三毛猫さんに、しかたなく事件の事を聞くことにした。
「よくぞ聞いてくれました! これは、きっと、姿なき殺人者です! 今、解決しないと、きっと誰かが死にます。たぶん、真っ先に男前の狸さんが!」
「何だと!?」
それから続く、よくわからない二人の学芸会は放置して、半分以上眠っているナマケモノの店長にも話を聞くことにした。かなりの時間をかけながら聞いた話をまとめ、事件そのものを明らかにする。
ナマケモノの店長さん曰く、「夜、目を閉じた隙に、店の売り物が一部無くなっていた」という事だった。
夜間営業をする必要があるのかないのかは別にして、今もまだ何やらわけのわからない事で盛り上がっている男前の狸さんと三毛猫さん。二人の首をつかんでそれを制止し、この問題を解決する事にした。
「三毛猫さん、夜のバイト。まかないは、なんですか?」
「和菓子です。おいしいですよ!」
「それは、この店の売り物です。勝手に食べちゃ、ダメです」
「にゃ!?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔で驚く三毛猫さん。その隣で、同じように驚いている男前の狸さんに、この事件をどうするのかを聞いてみた。
「おかしい、ではなく、おいしい、の間違いだったとは!」
「誰にでも、間違いはありますよ、男前の狸さん!」
二人で並んで納得している様を見て、私は一人で納得する。そもそもの間違いは、三毛猫さんという猫の手を借りた結果であるという事。その事を男前の狸さんに告げるよりも早く、三毛猫さんが、落胆している男前の狸さんにそう告げていた。
「また、やりましょう!」
何故かそう励ましている三毛猫さんの姿は、とても愛くるしいものだった。
〈了〉
和菓子と男前の狸さん あきのななぐさ @akinonanagusa
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