新世紀ネコロノミコン

めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定

第1話

 2222年2月22日


 記念すべきハイパーねこの日。

 地上はどこもおねこ様を祀るお祭りで賑わっている。

 だが月と地球を巡る回遊宇宙船カグヤの中は静謐さを保っていた。

 倍率一千倍のプレミアム大切な聖地巡礼旅の最中だから仕方がない。

 旅行に当選した幸運を噛み締めているが、空間ディスプレイに流れる映像を見ているとバカ騒ぎしたい気持ちも確かにあった。

 ことわざにある隣の飼い猫のつれなさも尊いという奴だろう。


「やっぱり地上は盛り上がっているね」


「なに? やっぱり卒業旅行は地上が良かったぁ~とか文句を言うわけ? 誘ったときはあれだけ大喜びだったのに」


「言わない言わない! 超絶ラッキーガールのマオさまに聖地巡礼に誘っていただき感謝しております!」


「ならよろしい」


 隣の席に座るのは月見マオ。

 ネコミミがよく似合う小柄な少女だ。

 大学院の卒業旅行。

 同じスキップ十代大学院生仲間の縁で絶対不可能だと思っていた夢の月旅行に誘ってもらえたのだ。文句なんか言うはずがない。

 同じ十代と言っても十五歳の私と十一歳のマオ様では少し年が離れているけど。

 それでも周りが大人だらけ世界の中で支えあった仲。

 よく姉妹に間違いられるくらいには仲がいい。

 これでもネコ魔導学の才媛コンビとして有名人でもある。

 

『皆様、窓の向こうをご覧ください。もうすぐ月の裏側を激戦地帯を抜けて地球との再開です』


 マオと二人でアナウンスに従い視線を向ける。

 そこにあるのは母なる地球。

 青い星と言われたのは何十年も前のこと。

 今も半分はネズミ色に覆われて荒廃した姿を晒している。

 それでも人類は再び宇宙に進出できるほど回復したのだ。

 全ては宇宙ネコ様のおかげである。


 2199年。

 人類は宇宙で宇宙ネズミと言う災厄に遭遇した。

 巨大な体躯。

 貪欲な食欲。

 まさしく鼠算式の全てを覆いつくす繁殖力。

 人類は負け続けた。

 このままでは絶滅。

 否、地球そのものが食べ尽されてしまう絶望が待っていた。


 だから祈った。

 人類はおネコ様に祈った。

 ネズミにはネコだろうという投げやりな感情はあった。

 それでも救いを求める心だけは切実で真摯だった。

 その想いにおネコ様は答えてくれたのだ。

 かつては古代エジプトから地球には宇宙ネコがいたらしい。

 宇宙ネコは人類の繁栄とともにあり、世界各国に出現していた。

 いずれ来る宇宙ネズミの脅威に備えて人類のために潜伏していたのだ。

 人類が滅亡一歩手前まで惰眠をむさぼっていたのはネコらしいご愛敬だが。

 時間の感覚が異なるので仕方がない。


 人類は宇宙ネコの手を借りて反撃を開始した。

 宇宙ネズミとの生存戦争において初めての勝利でもあった。

 その後も猫まっしぐらの勢いのまま駆逐し、つい月に宇宙ネズミを追い詰めた。


『左手をご覧ください。ちょうど太陽光を浴びて月面が輝いております。本日のメインイベントである月クレーター鑑賞です』


 かつて月にはウサギが餅つきをしているクレーター痕があったらしい。

 けれど今は存在しない。

 あるのは四つの大きな丸いクレーターだけだ。

 その形はまさに肉球。

 地球からも観測することが可能だが、宇宙から見えるのその姿は圧巻の一言だった。


「……凄いね」


「うん。おネコ様に感謝だよ」


 あの巨大なクレーターは月に追い詰めた宇宙ネズミを滅ぼすために放った宇宙ネコのねこパンチ痕だ。

 なんでも月を見ながら短歌を詠むことが趣味だった宇宙ネコ様が月を破壊しないようにギリギリまで頑張った結果らしい。

 おネコ様は雅だ。

 あの日、全人類に訪れた福音。

 忘れられることがないように数多の記念碑が建てられており、教科書にも記載されている。

 国際会議の会議の開始と閉会の挨拶には必ず世界各国の首長がこう唱和する。


「ソフトタッチだにゃ」

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