猫の手
銀色小鳩
猫の手
私は現代に降り立った魔法使いである。何度も転生をくりかえし、人間の体に魂を宿すたびに試してきたから、魔法使いであることを周りに知らせるのはリスキーなことも知っている。特に魔女狩りの時代はヤバかった。いまはそう死ぬような目にはあわない。それでも、魔法使いだと明かしたときの周りの反応は、だいたい三つくらいに分類される。
一、なに言ってんだこいつ。二、なに、なんの小説? 私も読ませて。三、現実逃避したいことだってあるよね、わかるよ。
一の人間は魔法をもってしても変えられない視線をもっている。私が老人のときにはボケ老人とののしり、若ければ若いでこう陰口をたたくのだ、「中二病」。
小学生のころはそれなりに、私と魔法について話してくれる女子がいたものだが、少しずつ周りから魔法少女にあこがれるお子様がいなくなっていって、中学二年生のいま、気が付けばにやけた目で「中二病……」そんな囁きをするような同級生しかいなくなっていた。
そう、現代で魔法使いであることを明かすリスク、これは「いじめにつながりかねない」この一点に尽きる。
しかしもちろん、私は魔法使いであるから、「いじめを防ぐ魔法」を使って未然に防いでいる。たとえば友情を表す緑いろのペンで、月光を浴びせながら、念をこめて白い紙に書く。「私を無視していいのかな。いじめをするような子だって、あなたの大好きな谷本センセイに言っちゃうよ?」。その紙を下駄箱に忍ばせる。この魔法は意外と効いた。いじめっ子は最初から恋の魔法にかかっていたからだ。
あるいは、引き寄せの法則を使う。私がドエロイことを考えながら大型量販店の大人のコーナーにいるとき、「なに、女子でもこういうの興味あんの?」カマボコみたいな目をしながら引き寄せられて入って来た同級生男子。そのお姿をすこしだけスマートフォンのカメラロールに残し、これまた偶然、班がいっしょになって連絡先の交換をしたときに、その写真をまちがって本人に送ってしまうのである。あとは切ない目で訴えるだけだ。
「私……中二病なんて言われたら、心が動揺して、スマホをどう扱ってしまうかわからない。ほらこんなに指が震えて、アッ……クラウドに保存しちゃった……アッ! 『実録痴漢二十四時間』そんなビデオを手に取っているあなたの大切な写真を、うっかりたくさんの送信先に……あああ」
彼はその日から私のナイトとなり、なぜか言うことを聞いてくれた。地域社会は意外と狭い。そんななかで一度「エロがっぱ」なんてあだ名を付けられようものなら、彼こそが魔法使いになりかねないのである。
私は自分の身をまもるために、たくさんの魔法を使ってきた。そして、ほとんどの人が、私の魔法にかかっているのに、信じていないのを目の当たりにしてきた。
そんななか、私の魔法の話に、まっすぐに耳を傾ける人間は、私の心のオアシスとなっていた。
「僕、きみの魔法の話きくの、好きだよ!」
ああ、星せんぱい、魔法の話をきくことだけじゃなくて、私のことも好きになってください。朝から晩まで星せんぱいに恋の魔法をかけようと必死なのに、逆に自分が魔法にかかってしまって困っています。せんぱいのことしか頭に浮かんでこない。
「私にどんな魔法をつかってほしいですか?」
「内緒だよ!」
内緒って、どんな内緒ですか、甘い響きですね、内緒。
せんぱい――ああ~~。せんぱい、大好きぃぃぃ。
星せんぱいは、この緑ヶ丘中学校で唯一のサークル「魔法研究会」、部員二名のうちの一人である。唯一のサークルと言ったのは、他は全部「部活」という名前の集まりだからだ。
星せんぱいは、星のように瞳の奥をきらきらさせて、言うのだ。
「僕ね、魔法って、ほんとうにあると思ってるんだ。サンタクロースだっていると信じているよ!」
先輩は魔法使いになるための呼吸法とやらを毎日の訓練としてかかさない。ただの腹式呼吸だと思うのだが、せんぱいが魔法使いになるための呼吸だというから、一緒にやる。吸って、とめて、とめて、とめて、吐く……すうぅぅぅ……はぁ……。
ある日、美しく凛々しい星せんぱいを汚そうとする会話を耳にした。
「星ってかわいいよな。もう、告る。あした、告る。当たってくだけてもいい」
星せんぱいの可愛さを盗み見るだなんて……なんという汚らわしい視線。許さない。しかし、こうも思う。そんな男子を、何度私の魔法を使って握りつぶして行っても、いたちごっこにすぎないと。先輩が私を好きになり、私だけを見つめ、可愛がってくれる魔法を使わねば意味がないのだ。
私は、決心した。いまこそ、本当の魔法を使う時が来た。私の得意な魔法は動物を使ったもの――昔はよく猿の手を使って三つの願いをかなえてきた。あれはちょっとリスクが高いので、もうやめたい。それに近くにいる猿はみんな動物園の所有になりさがっている。捕まえてミイラ化するには時間と手間がかかりすぎる。この現代で使いやすい魔法に適した動物、そのへんにゴロゴロいる動物、二種類のうちの一つを使おう。公園でクルポークルポー言ってる土鳩、もしくは、猫だ。
生きた猫よりは死んだ猫が望ましい。この猫には当てがある。学校の裏山に小さな祠がある。あれは石をつんであるだけで、通常の人間には何の祠であるかわからないだろうが、魔法使いの私の目からすると明らかだ。あれは、昔「蟲毒」という呪術に使われようとして失敗し、捨て置かれた猫を祀ったものである。
猿の手は手に入らないが、化け猫の手なら。
深夜私は裏山に上り、祠の前で猫の魂を呼び出した。
「わたしを呼ぶものは誰にゃー……!」
恨みがましいシャーッという音をたてて、ゆうらりと黒い猫の姿が空に浮かんだ。
「あなたの手を貸してもらえないでしょうか」
私は丁寧に、猫に問いかける。神頼み、これも一種の魔法である。
「鯖缶をそなえてくれるなら、少しだけ貸してやってもよい」
私の手が気が付くと、もふもふの猫の手になっていた。
「その手で触れたものに魔法をかけることができるにゃー! 鯖缶は、マル〇ニチロのを三缶所望する。きっと約束をたがえぬように。よいか!」
猫は言い残すや祠の中に煙のように吸い込まれていった。
「せんぱい、星せんぱい。せんぱいが好きです。付き合ってください」
猫の手で先輩の両手を握り、思いをぶつけた結果、その魔法はてきめんに効いた。
「僕も、きみが好きだと思っていたの!」
せんぱいは私を抱きしめ、頭をなで、私の猫の手を不思議そうに撫でた。
「今日は両親がいないから」そんないかがわしく聞こえるセリフとともに、せんぱいのおうちにお呼ばれして、初めて泊まることになった夜、先輩は言った。
「本当に魔法みたい。僕の願いがかなっちゃった」
「私もです。今日いちにち、私は先輩の子猫です。何をされてもいいです、可愛がってほしいです……星せんぱい、私の王子様」
そう言って、なるべく可愛く映るように、百円均一で買った猫耳のカチューシャをつけたとき、先輩は首をかしげた。
「それ、僕のほうが似合いそう」
せんぱいはカチューシャを奪うと、つけて見せた。ショートカットの柔らかそうな毛にその猫耳は似合い――似合いすぎて鼻血が出そうだった。
「うぅえふぇはぁふぁ……せんぱい、かわいいかわいいかわいいです!」
「ありがとう。僕をかわいがって?」
私の愛しい僕っ娘王子はそう言って、ごろにゃんと胸に飛び込んできた。
「僕がタチ王子様だなんて、誰が言ったの? 僕はきみの前ではいつでも甘える子猫だよ。僕に魔法をかけて?」
この猫王子め……死ぬほどかわええぇぇぇ!
子猫だったはずの私は完全に覚醒し、星せんぱいをベッドに押し倒し、そして重大なことに気がついた。
猫の手が、外れない。
「え、ちょっと、まさか」
爪をたてることはできる。肉球でほっぺをぷにぷにすることもできる。でも、この猫の手は……こんなときに、何の役にも立たない!!!!
そうだ。猫の手も借りたい……あのとき、役にたたなくてもいいから、せんぱいと両想いになりたい、気持ちが通じれば、それでいい、そんな風に思った。
しかし、両想いになった今、この猫の手は役にたたないどころか邪魔である!!
「あの、せんぱい? 私、なんか、猫の手が脱げなくて。今夜は先輩がタチで、私がネコっていうことでどうでしょう」
「僕、バリネコだよ!」
――祠の化け猫にはめられた! 鯖缶三缶持って行ったのに! 禍々しい雰囲気の祠だと思ってたんだ!!
「せんぱいぃぃぃぃ……」
仕方がないので、私たちはそれでも一晩寄り添いあい、頬と頬をくっつけあって、お互いをいつくしみながら過ごしたのだった。これはこれで幸せだからいいか……。
祠の前に置かれた鯖缶。満足だ。今日も人間を二人、猫にした。
鯖缶ぐらいではこの恨みは晴れない。
蟲毒というものがどれだけ苦しいのか、思い知るがいい。首だけ地面から出されて、目の前に美味しそうな食べ物があるのに手も足も出ない、そのまま弱っていく恨みの念を、人間は呪術に利用しようとしたのだ。
人間よ、思い知るがいい。目の前にいるのに手が出せない苦しみを。人間など滅びてしまえ。にゃーにゃー叫ぶがいい。人類みんな猫になってしまえばいい。
ふふふふふ。お前もお前もお前もお前も、どんなに愛し合っても手が出ない、バリネコ化する呪いをかけたにゃー……! 最近は鯖缶より何よりこれが楽しい。百合カップル総バリネコ化……これがわたしのライフワークである! 手も足も出ないのに手を出してもらえない苦しみを存分に味わうがいいにゃー……!
結論……捨て置かれた祠や猫には気をつけましょう。
猫の手 銀色小鳩 @ginnirokobato
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