本命女子に義理チョコ貰ったので幼馴染女子と協力し、本気でホワイトデーのお返しを作って告る。
木元宗
第1話
まさか好きな女の子からバレンタインにチョコを貰うという夢のような思いをした直後、その子に義理と伝えられ呆然としてしまった俺は一ヶ月後、放課後の家庭科室にいた。
その子にホワイトデーのお返しを作って、渡す際に告白する為だ。一ヶ月悩んだが諦め切れない。義理でもくれるぐらいだから、嫌われてはいない筈だ。
然し今年で生まれて十七年、お菓子なんて作った事が無い。悩んでいる内に時間も無くなってしまった。そこで猫の手を借りようと、家庭科部副部長を務める頼もしい幼馴染、
「つまり口実かよ。
「…………」
今隣で、部員の目も憚らず俺を吐き捨てた、ミディアムウルフの凶暴そうな女子が
バスケ部や軽音部にいそうな見てくれだが、これでも昔から料理や裁縫が好きな、女子力マックスな
莉緒菜は調理台に背を向けると、腰で凭れながら腕を組む。
「全く呆れたもんだぜ。一ヶ月もウダウダ悩んで、ホワイトデーの前日に出した答えがそれかよ。私ならチョコ貰ったその時にその子を呼び止めて、俺にとっちゃお前は本命なんだって告るね」
俺は、家庭科部から借りたエプロンの紐を結びながら、もごもご言う。
「そんなイケメン聞いた事
大体それが言えてたらこんな事になって無い。
「馬鹿か」
髪を結び、エプロンもバンダナもきっちり準備万端な里緒菜は、ギロリと俺を見上げた。
「女はイケメン好きなんだから、いざって時ぐらい死ぬ気でカッコ付けろ。だからお前は今日まで告白出来てねえ、ネチネチ
グサグサと刺さる言葉を浴びせられたが、事実なので反論は出来ない。
一ヶ月も悩んだとは言うがその実態とは、振られたらどうしようという保身から怯えていただけだ。相手の事なんて何も考えてない。里緒菜に相談した際にそれを指摘されるまで、自分じゃ気付きさえもしなかった。
「……どうりで運動部も差し置いて女子にモテる訳だ」
俺の準備が終わるのを見た里緒菜は、腕を解いて調理台に向き直りながら、心底怪訝そうに眉を曲げる。
どうやらこいつ、陰じゃ同期の女子の多くから、男子だったら付き合ってるのにと噂されているのを知らないらしい。バレンタインも一個しか貰えなかった俺を差し置いて、山のように貰っていた。なんて妬ましい。でも決断力はあるわ、イケメンにしか許されないような台詞も使いこなすわで、モテ
「何言ってんだお前? さっさと始めんぞ」
「はい先生!」
馬鹿な脳内を覚られまいと敬礼すると、事前にスーパーで用意して来た材料の入ったレジ袋を調理台に置き、中を取り出していく。
里緒菜は俺から渡されたレシピのメモを、スカートのポケットから取り出し確認した。
「ふん。まあそれでも、男が手作りで返そうっていう気持ちは本物だって認めてやる。金と時間を割いて、女に頭を下げてまで、美味いものを作ろうって事はそういう事だからな」
「ありがとうございます!」
里緒菜は、レシピを書いたメモをヒラヒラ揺らしながら俺を見る。
「でもお前、一人分のチョコチップクッキーなんて十五分で作れるぜ?」
「えぇッ!?」
驚きの余り材料を落としそうになった。その材料は、俺が昨日チョコチップクッキーを作ろうと思ってると言うと、「ならこれを買って来い」と命じられたものなのだが。
「マジで!? 料理ってもっとムズいんじゃねえの!?」
里緒菜はレシピのメモを、紙屑みたいにスカートのポケットへ押し込む。
「まあお菓子はめんどくせえよな。おかず作る時みたいに目分量とはいかねえし」
「めんどくせえ!?」
説明ついでに本音を漏らされた!
「ああ。だからお前でも出来そうな簡単かつ時間も取らねえ、薄力粉じゃなくてホットケーキミックスを使うレシピにした。だから肩肘張る必要は
里緒菜は俺が買って来た材料を見渡すと腰を下ろし、調理台の収納から丁度いいサイズのボウルやヘラを取り出していく。全てが揃うと、ニヤリと不敵な笑みを向けて立ち上がり、擡げた右手の手首をぴょこぴょこ曲げた。
「猫の手がリードしてやるよ」
本当にあっと言う間に作れたし、一切失敗しなかった。
上手く出来なかったらどうしようと不安だったが蓋を開けてみれば、「野暮な真似ってのはするもんじゃねえんだよ」と笑った里緒菜が、口頭のみで教えてくれる作り方に沿って、ただ手を動かしただけで完成した。
余りに完璧な里緒菜のリードに呆然としていると、ラッピングはどうするんだと尋ねられ用意するのを忘れていたと慌てたら、「バレンタインの余りをやるよ」と、事前に持って来てくれていたのだろうラッピングを鞄から取り出しプレゼントされた。そのラッピングのデザインも、男の俺だったら何を選んだらいいかまるで分からない所をカバーするようなオシャレなもの。
お礼に余った材料で同じクッキーを作ると、里緒菜はばくばく食べながら上機嫌に笑った。
「なっはっは。美味いじゃねえか。初心者が一人で作ったとは思えねえ。最高だ。告白が上手くいくかいかないかは別として、この出来なら相手も喜ぶだろうよ」
「お前ってばマジイケメン……」
バレンタイン戦績一個対山のような数の格の違いを見せつけられた俺は、調理器具を洗いながら零した。
「んあ? 何だって?」
洗い物の音で聞こえなかったらしい。
敗北宣言なので別に聞こえなくてもいいのだが。
「何でも
洗い物を終えて蛇口を閉めると、一息つこうと椅子を探す。……既に座ってクッキーを頬張っている里緒菜が、隣に用意してくれていた。気配りの鬼め。これがイケメンってヤツか。クールなエスコートがイケてる紳士への第一歩なのか。
「見てただけだから礼を言われる覚えが
用意してくれた椅子に座ると、里緒菜はクッキーを食べるのを中断し、スカートのポケットから取り出したハンカチで手を拭う。ほつれの目立つ、幼稚園児が使うような可愛らしいやつだ。オシャレなラッピングを選ぶセンスから懸け離れた持ち物だから目を疑うが、俺が昔、誕生日にあげたハンカチだと気付いて息を呑む。
まだ使ってたのか。半分親に選んで貰ったような、十年以上前のプレゼントだぞ。
ハンカチをしまった里緒菜は、固まる俺に眉を曲げる。
「何だよ?」
「ああ、いや……」
「は? お前そんなんで上手くいくのかよ? 一ヶ月も先延ばしした上の告白なんだぞ? ちゃんと考えねえと喋れねえぞ」
ったく、と里緒菜は零しながらエプロンとバンダナを取り払い、バンダナで癖が付いた髪を、手櫛でぐしゃぐしゃ直しながら言葉を継いだ。
「全く。こいつにはお前の都合もあるが、義理であろうと貰った恩を返すっていう筋を通さなきゃいけねえ部分も大いにあるんだ。手作りなのか既製品なのか、どんなチョコを貰ったのか知らねえけどよ。手前勝手にその子を軽んじるような真似はすんじゃねえ。告る告らない以前に、ダセえぞ人として」
「あ、ああ……。そうだな。悪かったよ」
ぼんやりする俺がもどかしそうに、里緒菜は調理台へ身を乗り出して俺を見据えると指を向ける。
「だったら、ボーッとしてねえで、気の利いた台詞の一つや二つ考えろって。ホワイトデーは明日だぞ?」
「今考えたから、アリかナシか聞いてくれねえか」
俺は、調理台の上でラッピングされたクッキーを取った。
「一日早いけれど、ホワイトデーのお返しだ。バレンタインのチョコ、ありがとう。義理なのにわざわざ手作りで美味いもの作ってくれて、嬉しかった。ビビッてずっと言い損ねてきたけれど、俺の本命はずっとお前だ。付き合ってくれ」
そのクッキーを、里緒菜に渡す。
男一人だけで居辛いとさんざ感じていた、家庭科部員の賑やかな声が絶えない空気がぴしりと固まった。その視線の全てが、こちらに向いているのを皮膚で感じて、既に早鐘のような心臓が更に跳ね上がる。
彫刻のように動かなくなった里緒菜は、目を丸くしたまま口を開いた。
「……まさかお前にチョコあげたのって、私だけ?」
「ああ」
何もかも敵わないと思い知らされて、恥ずかしくて言えなかったが。
「お前が義理だけどなって言ったのは覚えてるし、それが照れ隠しでも何でも無いのも分かってる。でも俺は、ずっとお前が好きだった。……頼り無いし、お前みたいに料理上手じゃねえし、一人じゃ出来なかったけれど、でも一生懸命作ったんだ。もう言い訳もしねえ。自分のプライドの為に逃げねえ。返事が聞きたい。こいつが俺の、気持ちの証明だ!」
いややっぱり駄目かもしれねえ自信が
バクバクいってて破裂しそうな心臓に気を取られていると、乱暴にクッキーを奪い取られた。
目を向けると右手でクッキーを掴んだ里緒菜が、左手の甲を真っ赤になった顔を隠すように口元に擡げ、目を逸らしている。クールさゼロ、イケメン度ゼロの、ただの女の子みたいに。
「……オーケーなんだから場所考えろ。馬鹿」
里緒菜は照れ隠しにラッピングを開けると、クッキーを全部頬張った。
本命女子に義理チョコ貰ったので幼馴染女子と協力し、本気でホワイトデーのお返しを作って告る。 木元宗 @go-rudennbatto
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