I Am a NEKO

常陸乃ひかる

Ugly names

 あぁ、ネコ可愛い猫カワいいモフモフしたい家に帰ったらまず体中をイジりまわして、スンスンしたあとやっぱモフモフして、猫ねこネコネコねこ猫ねここねけおねおこ寝っ転がったお腹とかぐにぐにグチャグチャ触って、ほっぺたとか両手でムニムニして、そのまま喉へ指を持ってってゴロゴロ音をかき鳴らして耳を温かい体に押し当ててゴロゴロゴロゴロ直接聞きながらは眠りに落ち――

 ウォッホン。は別にネコなんて好きじゃありませんけど。

 ところで、『猫の手も借りたい』状況で、近くにナマケモノしか居なかったら譲歩するのでしょうか。



 ワガハイは、ひょんなことから人間の言葉がわかるようになってしまった不運なネコである。名前はダサいので言いたくない。

 ワガハイは野良ノラ出身なのだけれど、不注意で手首を怪我し、死を覚悟していたところ、保護団体に捕まったのよ。幸いなことにすぐに貰い手が見つかって、今は独身男性の世話になっているってわけ。

 問題の名前なんだけれど、手首を怪我していたから『Wristリスト』になったみたい。どう思う、このネーミングセンス? 作曲家じゃないんだから、ねえ?

 ともあれ、ワガハイは外に出て遊び回りたい性格なんだけれど、今やどこの猫も家で飼うのが当たり前で、引き取られた時も、絶対に室内で飼うことを条件にされていたわ。まあ今の生活は、野良時代とは雲泥の差だし文句はご法度ね。

 あと、なんでこんな一人称かって言うと、日本一有名な猫? が、自分のことをそう呼んでいたから、マネしているだけ。別に『アタシ』でも良いのだけれど。


 で、アタシの――あ、じゃなくてワガハイの主人の話でもするわね。

 アイツ。主人ときたら、スキンシップの激しいのなんのって。仕事から帰ってくるなり撫で回して、馬鹿のひとつ覚えみたいに、

『お留守番えらかったねー』

 なんて仔猫こねこ扱いしてくるの。ワガハイは同世代よ、まったく。

 でもワガハイのためにつめとぎ、キャットタワー、暖房器具、無添加のエサ、ロボット掃除機、見守りカメラ――その他もろもろを揃えてくれたわ。ここまでされると、文句の言いようがないわよ。けれど、なんか複雑というか。その日の食事さえ事欠くような時代に比べると、あまりにも温すぎてねえ。


 半年が過ぎた折。

 二十代後半くらいの女性が家に遊びにきたのよ。絶対、新しい女よ!

 その女ったら家に上がるなり、

「リストちゃーん、こんにちは」

 なんて猫撫で声を使って、ワガハイに手を振ってくるの。その女は和服が似合いそうな黒髪の子で、とても清楚な風貌。背はアイツより少し高いくらい。アイツって、こんなのが好きなのね。でも、ワガハイみたいな白と灰も悪くないんじゃない?

 てゆーか、なにしれっとワガハイの名前教えてんのよアイツ。


 ふたりは終始イチャイチャしながら、ゲームをしたり料理を作ったり、ちちくりあったりして――もう、見てらんない。ゲロ吐きそう。

「みっくんって、料理上手だね。すごい美味しい」

「お恥ずかしながら……わっちも独り暮らし長いんで」

 聴いた? 聞いた? ねえ訊いた? なに『みっくん』って。

 ワガハイの主の名前は『美濃和みのわ七海ななみ』って言うんだけれど、苗字のほうで、しかもあだ名で呼んでいたわよ? へえ、まだ名前でも呼べない間柄なのねえ。あらあら、初々しいじゃないのよ。ワガハイなんか『アイツ』って呼んでいるのに、フフン。

 陽が沈むにつれて、あいつら良いムードになり始めたわ。そうしたら、ふたりして浴槽に向かったじゃないのよ。あの女、絶対に泊まる気よ! 初めて家に上がった日にチョメチョメなんて手が早いわね。


 風呂から上がると、ふたりは妙に言葉数が少なくなっていって、そのうちベッドの上へと吸い寄せられていったわ。ではメインディッシュ、人間の営みを覗く時間ね。役得、役得。

 ふんふん。電気は消す派なのね、いじらしい。けれど、ワガハイの猫目をナメてもらっちゃあ困りますぜ旦那。ナイトビジョン起動。

 まずは優しく唇を重ねて、徐々にディープになり、全身を執拗に愛撫をし、服を脱がし――え、おっと? あの道具はなにかしら? ワガハイの知識の範疇を越え始めたわ。なるほど、そこでそういう体勢になる? セパタクローもビックリね。

 それから、あえて口を使うと。で、足も使う? やりにくそうね。挙句の果てに、そんなとこに舌を? もはや蕾じゃないの。クレバスがかき回されて、まるで大洪水の天変地異ね。おや、肉声がもつれた末の見事な絶頂でフィニッシュかしら。

 あのふたり、大人しそうな顔して意外とマニアックね。営み中のセリフを含め、内容もちょっと語れないわ。強いて一言で表すなら『神秘』かしら。

 さて、飽きた。ワガハイは眠いから、もう寝るわね。馬鹿な人間たち、このあとも勝手にやってなさい。


 その日を境に、女はこの家にちょくちょく通うようになったの。アイツの仕事中にも、合鍵を使って家に上がり家事をする。通い妻ね。

 ワガハイの遊び相手にもなるし、今のところは許してやっているけれど。ただ、非常にドジなの。狙った天然キャラかと思ったら素でポンコツなのよ。

 今日はアイツが居ない間にフローリング掃除。熱心なことね。さて、ワガハイは書斎の隅で一眠りするわ。お願いだから静かにやって頂戴――

「ぎゃあ!」

 思っている側から、大きな悲鳴。それを追いかけるように『ゴン!』という、とんでもない騒音が書斎にまで響いてきたわ。というか、女の子が『ぎゃあ!』なんて悲鳴上げる? 今の相当ヤバくない?

 なにがあったのよ、急に静かになっちゃったけれど。ワガハイは恐る恐る、音のほうに向かうと、水でビチャビチャのダイニングにうずくまって、頭を押さえて、

「リスト……ちゃ……」

 ワガハイに助けを求めきれず、声が途切れてしまったあの女の姿が。

 気を失った? それともご臨終? どうする? どうする? さすがに見殺しなんて、気分が悪いわ。でも、ただの猫に――ワガハイにできることなんて高が知れてるじゃない。

 あぁもう! 猫の手なんて、なんの役にも立たない! どうする――

 不意にワガハイの目に飛びこんできたのは、見守りカメラだったわ。そうよ、アイツってば過保護だから、ワガハイが留守番している間の様子を、あのカメラで監視しているのよ。

 でも置き場所はリビングだし、レンズは固定式だし、角度は悪すぎるし、あれじゃあぶっ倒れているあの女を映し出せないじゃない。

 いや。位置さえ変えられれば、あるいは――

 やるしかない!

「にゃー!」

 伝家の宝刀――ジャンピング猫タックル。

 その衝撃で見守りカメラは床に転がり、転倒の衝撃によって緊急のアラームが鳴り出した。羸痩るいそうしていたあの頃とは打って変わって、たるんだ体も少しは役に立つようね。


 そのあとは、救急やら早退やらでバタバタしていたけれど、あの女は大事にはいたらなかったみたい。今では呑気に、家の中で後日談よ。

「――アラームが鳴った時は驚いたよ。猫の手を借りた結果がこれだもん、リストは本当に素晴らしいね」

 手は貸してないわよ。

「手は借りてないけどね。借りたのはこの子の知恵。ねー、リストちゃん」

 あら、案外わかっているじゃないこの娘っ子。

「大体、みっくんの部屋が汚いから掃除してたんだから」

 それは、半分ワガハイのせいでもあるかしら。まあ、無視無視。

「ほんと……ひとりにさせるのが心配な人。あのさ、なんて言うか……リストちゃんの世話とか、独り暮らしで家事とか色々大変じゃないかな? もし良かったら……」

 げっ、なんだか雲行きが怪しいわね。この女、どさくさに紛れてこの家に転がりこむ気じゃ? ワガハイはひとりが良いの。はいサヨウナラ、はい帰りなさい。

「わっちこそ、良ければ……この家に住んで……ほしいかな」

 はい、馬鹿。はい、コイツ馬鹿。なに手放しで歓迎してんのよ。ワガハイの家でもあるの。多数決取りなさい、多数決。サイレントマジョリティを聞きなさい。

「本当? ありがとう……これからヨロシクね! ほら、リストちゃんもニャーニャー言って歓迎してくれてるよ!」

 違うわよ! 馬鹿じゃないの人間って!

「本当だね。リストはお利口さんだから、人間の言葉がわかるみたいだ」

 こらあ、アホの七海! テメエ、あとでケツに噛みつく!



 ――ワガハイは、手が焼ける主人たちに飼われた猫である、はぁ。

 名前はリスト。まあ、『みっくん』よりはマシかしら。


                                   了

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