Ep.6 悩んでいた同業者
私は今、この広告をタップしたくてずっと右手の人差し指を翳したままで止まっている。
『猫の手 貸します』
指をその文字に近づけては離し、また近づけてみる。
段々指も腕もぷるぷるとしてきた。
ピッ
あああっ!
触れてなかったのにっ!
くっ、静電気かっ?
いや……接触していなくても、確か近付いただけでタッチパネルが反応することはよく……
「……お客さん、優柔不断って言われないかにゃ?」
開口一番、なんと失礼な猫だ。
私と目が合い、猫は……怪訝そうな顔になる。
自己紹介くらいしたまえ、君が『猫の手屋』なのだろう?
「お客さん……同業者にゃのかにゃ?」
いや、君みたいなカテゴリーに慣れているだけで、同業ではない。
厳密には。
「でも、同系統……というか、そんにゃ感じにゃ。胡散臭さが」
胡散臭い……まぁ、確かにそうであろうとも。
呼んでしまったわけだし、折角だから、手伝わせてあげようか。
「えー? 別に気を遣わにゃくていいにゃ。今回は『誤発信』ってことで、無効にしておいてあげるにゃ。それじゃ……」
すまん、待て。
待ってくれ。
手を貸して欲しくて呼んだのだ、頼む。
「素直さというのは、
髭をそよがせて『ふふん』とでも言って笑っているかのように聞こえる。
その猫は、私を見下ろすように後ろ足だけで悠然と立ち上がる。
くそっ、負けた気がする。
実際、私も人間には大して美徳などないと思っているから、反論もできない。
それでは、是非とも手伝って欲しいのだが……見えていたら、教えてくれたまえ。
「幾つかあるにゃ。どれが『見たい』のかにゃ?」
いや、見たいのではないので、その場所を教えて欲しいだけだ。
どうせすぐに排除するものだからな。
「ホント、
……うむ。
やはり混ざってしまったものを見分けるのは、猫の目が一番頼りになるな。
では、動かしていいふたつのうち『痛そう』なのは?
「お客さんの右斜め上にゃ。でも、笑っているにゃ」
その言葉に、私は『動かしてはいけないもの』のみっつを……立て続けに殴った。
ふたつは即座に消し飛び、もうひとつは転がったがその上に猫が飛び降り、その重さ……ではないだろうが、踏みつぶされるように霧散した。
すると私の斜め上にいた『痛そう』は、けたたましい高音を発したかと思うと、もうひとつと一緒に竜巻のようなもので巻き上げられて飛んでいった。
ふぅ……助かったよ、猫の手屋。
「まったく、祓える者にゃのに『嗅ぎ分け』もできにゃいにゃんて」
そう言うなよ。
ちょっと風邪を引いて、うっかり抗生物質を飲んじまったんだよ。
あれが体内に残っている時は、浮遊霊ならまだしも、地縛霊と生き霊の区別がつきにくくなるんだよ……どっちも『依り代』が地面に接しちゃっているからさ。
今回のはどうにも『殴って欲しそう』な生き霊だったから、地縛霊の浄化に巻き込んで吹っ飛ばしちまいたかったんだ。
本当に助かった。
そう言って頭を下げたら、ちょっと照れくさそうにしながら……料金請求をしてきた。
「今回は……手だけじゃにゃくて口と目と足も使ったから、割増料金にゃ」
おい、同業割引きはないのか?
「同業? 一緒にしにゃいで欲しいにゃっ! 誇り高い猫とは、同業ににゃんてにゃれにゃいのにゃっ!」
相変わらずのにゃんにゃん言葉で偶に意味は解らないが、まぁ、感謝しているよ。
スマホに表示された価格は……に、二万円だとっ!
おい、猫!
これは流石に……
……いない。
仕方ないか……うん。
くそーー、今月はもう飲みに行かれないってことかよぉーー。
ん?
請求料金表示の下に明細があり『手(基本料金)』『目』『口』『足』……そして、『薬』……?
慌てて鞄を見たら、紫色の包みにくるまれた生薬が入っていた。
これって、風邪薬と体内浄化の……うわ、なかなか手に入らない高級品じゃないか!
これを飲んだら、体内に残ってて『効き過ぎる』抗生物質を排出してくれるだろうし、風邪も……治りそうだな。
飲みに行かれなくしたのも、この薬を飲めってことだからだろう。
こいつは、酒とは相性が悪い薬だったはずだ。
猫め。
こういうところは憎めんところだな……うおっ、この薬、たっかっ!
薬だけで一万三千円かよ!
……今度会ったら……なんか奢ってやるか。
煮干しとか?
いや、せめて刺身か?
聞くのに広告タップして呼び出したら、追加料金が発生しそうだな。
いや、だが、呼び出すならすぐの方が……いやいや……
うーむ……呼ぶべきか、呼ばざるべきか……
その日、私はまた広告に触れるか触れないかのまま迷い続け、仕事場には……遅刻した。
風邪を引きまして……と言い訳をしたら『夏風邪を引くのはなんとやら……だな』と言われてしまった。
言い訳は……やはり苦手だ。
*******
祓える者の日常『言い訳は聞かない』
https://kakuyomu.jp/works/16817330654487825956/episodes/16817330654488061457
猫の手屋 磯風 @nekonana51
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。猫の手屋の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます