Ep.5 慰めて欲しいリピーター

 なんだよ、なんでクリックしても出てこないんだ?

 この間はすぐに来てくれたじゃないか。


 俺は何度も何度も『猫の手屋』の広告をクリックし続けていた。

 だけど、どうしても『すぐに参ります』の表示が出ずに、画面は固まったままだ。


 この間、彼女に振られた。

 その時に猫の手屋がやってきて、俺が泣き止むまで側にいてくれた。

 その前も会社帰りにどうしても人付き合いが上手くいかず落ち込んでいた。

 あの時だって、優しく声をかけてくれたから立ち直れたんだ。


 今日も……慰めて欲しいのに。


 駄目だ。

 何度やっても、PCの広告は動かず、画面そのものまで固まってしまった。

 ネット環境のせいかとWi−Fiルータなどを確認したら、なんと故障でもしているのか切れてしまっていた。


 今、気付いた……スマホまで動かなくなっている……


 なんてことだ!

 今の時間だと、スマホのショップは開いていない……あ、そうだっ、駅前に新しくネカフェができていたはずだ。


 俺は自転車に跨り、ギコギコと軋む音を立てるサドルから少し腰を浮かせて駅前へと走った。

 この自転車も、もうすぐ動かなくなりそうだ。


 ネカフェに入り、すぐさまネットに繋ぐが……全然猫の手屋の広告は表示されない。

 やっぱり、自分のスマホやPCじゃないと、あの広告は表示されないんだ。


 そうだった……あの猫は表示されるのは『特別な人』だけだと言っていた。

 こんな、誰でもアクセスできる場所では、猫の手屋は呼び出せないんだ。


 俺は開いているスマホ修理のショップはないか、ルータを買えるところはないか、懸命に探した。

 なんで、なんで俺はこんな田舎町にいるんだ。

 何もないじゃないかっ!


 ……そうだ。

 どうして、ここにいるんだ?


 彼女はいない。

 いなくなった。

 仕事も人間関係が原因で辞めてしまった。

 親ももう既にいないし、家だって別に持ち家でもなんでもないし……


 どうして、俺は……?


 ぱっ、と駅に灯りが付いた。

 始発電車の入って来る時間だ。


 そうだった。

 線路は、道は、どこまでも続いているんだった。

 どうして……何もないと言いながら、俺はこんなにここに拘っているのだろうか。


 何処に行ってもいい。

 どこでくらしてもいい。

 仕事も新しい出会いも……そりゃ、全部が上手くいくなんて思ってないけど、それはここにいたって同じだ。


 ならば……変わったっていいはずだ。


 駅の前で、何本か上りへ下りへと走っていく電車を眺め、すっかり明るくなった空を見上げた。

 自転車でだって、歩いたって、どこにでも行っていいんだ。

 そう思いつつ、俺は今までいた部屋に戻り、殆どなかった荷物を簡単にキャリーケースに纏めて部屋を契約した時の不動産屋に行き、解約した。


 そして……俺の知っている『一番遠く』の、あるターミナル駅に降り立った。


 今までの所より少しだけ賑わっていて、少しだけ店の種類が多くて、少しだけビルも高い。

 大都会なんて場所ではないが、俺にとっては……きっと、大冒険の始まりだろう。


 あの田舎町にいたのは、親が祖父母の介護をするためだった。

 だけど引っ越してすぐに祖父母は亡くなって、二、三年後に母親が亡くなった。

 俺が地元企業に就職した頃、父親は……いつの間にかその家を売り払って消えた。


 会社では父親の悪口を言うような奴等が多くて、俺はあの田舎町は嫌いだった。

 なんで悪口を言われたのか知ったのは、課長がからかうように俺を見下し『不倫駆け落ちするような親を持った奴は使い物にならない』なんて言ったからだ。

 その後は……知らないうちに全部俺が悪いことになった『誰かのミス』を押しつけられて、辞めるしかなくなった。

 彼女からも……親に反対されたから、と別れを切り出され何も言えなかった。


 あの町で、俺にはいいことなんて何もなかったって、こうして思い出すと笑えてしまう。


 ピロロン


 急に、スマホの電子音が響いた。

 あれ?

 なんで、直ってんだ?


 そして『御依頼ありがとうございます。すぐに伺います』の表示。

 ……今更。


「よーやっと出てきたにゃ」


 猫の手屋……髭がピクピクしてて、何度も会ったあの飄々とした猫。

 おせーよ。

 あ、でも謎の故障だったから、あの時のクリックが今有効になったってことか?


「ま、遅くにゃるにはそれにゃりの理由ワケもあったってことにゃ。お客さんは、慰めじゃにゃーんにも変われにゃかったからにゃー。苦肉の策だったにゃ」


 え、通信障害とかスマホの故障まで全部……?

 いやいや、まさか、ね。


「ま、その辺はどーでもいいにゃ。そもそも、何度もあそこが抜け出すチャンスがあったにゃ。にゃのに、ぜーんぜん動かにゃかったから、どんどん悪い方に転がっていったにゃ……修正に走らされて、大変だったにゃ……駅前まで自転車で走ったくらいじゃ、全然こっちの苦労と見合わにゃいのにゃっ!」


 なんか、ごめん。

 だけどさ、もう慰めは……要らないんだ。

 慰めて欲しかった原因、全部なくなったから。


 不倫駆け落ちした親父が『戻るから一緒に住もう』なんて言われてさ、嫌だったけど了解しないとまた周りが何を言ってくるか解んないと思って……どうしていいか解らなくて、せめて慰めて欲しかったんだけど。


「そうにゃ。もう『にゃぐさめ』は要らにゃいにゃ。今回は『励まし』に来ただけにゃ。だけど……できれば、ここじゃにゃい所がいいにゃ」


 え、どうしてだよ?

 ここでも結構頑張ったんだけどな、俺。


「もうふたっつ、先がいいにゃ。その駅だと、美味しい定食屋があるにゃ」


 そうか!

 それなら、そっちがいいな!


「お客さんの場合は、そうやって、軽く動ける方がいいにゃ。そんで、使命感とか義務感とか周りからの言葉に惑わされにゃいで、好きにゃ方を選んでいく『勇気』を持つ方が……きっと、上手くいくにゃ」


 そうかな?

 そうだと、いいな。


「ま、いかにゃくても、当方は一切の責任せきにゃんは負いませんにゃ。自分のことを自分で決めるにゃんて、当たり前だからにゃ」


 ちょっとつっけんどんで、優しい振りして冷たくて、どっか……可愛い。

 また、リピーターにならせてもらおう。


 今度は、勇気をもらうために。

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