五代さんは猫のように生きてみたい

水涸 木犀

Ⅸ 五代さんは猫のように生きてみたい [theme9:猫の手を借りた結果]

『おい、いつまで仕事をしているんだ。飯を食いそびれる。行くぞ』

 VR内の五代さんに急き立てられ、主人公サツキは慌てて机の上を片付け立ち上がった。


 VR乙女ゲーム「オフィスでの出会いは突然に」をプレイし始めてはや数日。元々登録されていた攻略キャラを全員クリアしたのちに、何故か共にログインしていた経営管理部の堅物眼鏡――伍代剛史ごだいつよし――とよく似たキャラクターが攻略対象として追加されてしまった。

 元々伍代が使っている開発者用端末の不具合で、彼がログアウトできなくなってしまったのが事の始まりだ。ゆえに今の事態も同様に端末不具合の一つなのだろうと、わたしたちは自分を納得させるしかない。今はとにかく、ゲーム内の伍代こと代さんのルートをクリアすることがログアウトにつながると信じて、攻略を進めている。


 当初のプログラムにないキャラなので、攻略が順調か否か、あとどれくらいエピソードが残されているのかは全くわからない。しかしとにかく話数をこなし、何度か好感度アップの描写――攻略キャラの身体がピンク色に光る――を見ているうちに職場で昼食に誘われる場面まで辿りついた。誘われているとは思えないくらい、誘い文句はそっけないものだったが。


『お前、食べられないものとかあるか?』

『あっ、あの、わたしお弁当なんです』

 外に出るなり味の好みを聞かれるが、主人公サツキは慌てて主張する。確かに、一人暮らしで支出を減らすために自炊しているという設定があったなぁと思いつつ、五代さんの反応を待つ。

 先に言えと怒られそうだな、と身構えていたが、彼は小さくため息をついてから公園のベンチを顎で示す。


『なら、公園でコンビニ弁当だな。先に席をとっておいてくれ』

『わかりました』

 この辺で怒られないのは攻略が進んで好感度が上がっているからだろうか。あるいは、元々気が短いわけではないのだろうか。思えば、五代さんの中の人である堅物眼鏡も、仕事において非効率的なことがあれば容赦なく指摘するが、怒りっぽい人というわけではない。伍代に対する先入観が、彼に対する警戒心を無駄に強めていたのかもしれないと、わたしは少し反省した。


 主人公サツキがテーブル付きのベンチ席を確保すると、ほどなくして五代さんがコンビニのビニール袋を提げて戻ってきた。

『悪い。待っていてくれたのか。食うぞ』

『はい』

 五代さんがビニール袋から幕の内弁当らしきものを取り出すのと同時に、主人公サツキも弁当箱を風呂敷から外す。小さく手を合わせて、二人は黙々と昼食をとり始めた。もっとも、主人公サツキの手元にはお箸が出てきて食べるフリができるだけで、実際にご飯が食べらるわけではないが。


「ちっ。VRゲームだとわかってはいるが。自分がプレイしているキャラクターが飯を食っていると、何で俺も今飯を食えないのか不満になってくるな」

 五代さんのほうから、伍代が愚痴る声が聞こえてくる。確かに、五代さんはゲーム内キャラクターとして登録されているので、操作している中の人伍代がいるにもかかわらず、がつがつとご飯を食べている。彼目線でこのゲームを見ていたら、より一層食欲を刺激されるだろう。


 それにしても。

『――気まずい――』

 わたしが思っていたことを主人公サツキが心の中で呟き、やっぱりそうだよねと頷く。

 同僚とはいえ、異性の社員と二人きりで黙々と食事をとるのは少々気が重い。わたしだったら、誰かと食事に行くのであれば和気あいあいと楽しみたいものだ。何か話のネタになるものは無いかと、主人公サツキと一緒にきょろきょろと周囲を見渡していると続けてテロップが表示された。


『何か、五代さんと話せるきっかけはないかな……

 ①わたしのお弁当の話 ②五代さんのコンビニ弁当の話 ③五代さんが気にしている視線の先』

「ここ分岐ね。っていうか③はなに?」


 シンプルに気になる選択肢が出てきた。確かに、正面で黙々と食事をとる五代さんをよく見ると、時折ちらりと、右手前――主人公サツキから見て左奥――に視線を向けているのがわかる。しかしこれがもし女性を目で追っていた系の話だとすると気まずくなりそうなので、無難に②を選んでみる。


『五代さんのお弁当は、おいしいですか?』

 そういいながら、主人公サツキはもう半分以上が食べられている五代の弁当を覗き込む。本当に王道の幕の内弁当という見た目で、黒ゴマを振ったごはんの上に丸い梅干しが乗り、焼き鮭や煮物といったおかずが脇に詰め込まれている。

『まぁ、無難だな。定食屋で似たようなものを食べると1,000円近くするだろうから、コスパを考えるとこっちのほうがいいとは思う』

『なるほど……』

 さすが何事もコストパフォーマンスを重視する堅物眼鏡、と心のなかでつけたしつつ、わたしは再度テロップが表示されるのを確認した。


『そんなに話が膨らまなかったな……次はどんな話をしてみよう

 ①わたしのお弁当の話 ②五代さんが気にしている視線の先』

「これ、全部選べる系の選択肢なのね……」

 先ほどと同じ選択肢が表示され、わたしは小さく呟いた。

 全部選べるということは、ここでどちらを選んでも、結局もう片方も選べるということになる。であるならば気になる②は後回しにしようと決めて、①を選択する。


『今日は、わたしのお昼にお付き合いいただき、ありがとうございます』

 主人公サツキが軽く頭を下げると、五代さんはちらりとこちらの手元をみやった。

『いや……先ほども言ったが、定食屋に行くよりもコンビニ弁当のほうが安上がりだからな。サツキさんのように弁当を手作りするほうが安いのはわかっているが、時間がかかる。俺の妥協点としては最善の選択だ』

『そうなんですね』


 先ほどと大差ない、コスパ重視アピールの発言をされてわたしはげんなりする。伍代もとい五代さんには、これ以上話を膨らませる気はないようだ。案の定、間を置かずに先ほどと同じ内容のテロップが表示される。


『そんなに話が膨らまなかったな……次はどんな話をしてみよう

 ①五代さんが気にしている視線の先』

「これはもう、選択の余地がないよね」

 満を持して、といったところか。前2つの選択肢が「話を膨らませたい」という目的に対して空振りだったことを考えると、残る択が本命、ということになる。わたしはさっさと①を選択する。


『五代さん、先ほどから奥の方を気にされているようですが。どうされましたか?』

 主人公サツキが疑問を投げかけると、五代さんはわずかに目を見開いた後、気まずそうに視線を下に向けた。

『いや、猫が……』

『猫、ですか』

 問い返しつつ振り返ると、確かに五代さんの目線の先には、木の陰でじっとこちらを見つめている黄色っぽい毛並みの猫の姿があった。


『あんな所にいたんですね。猫、お好きなんですか』

 五代さんに向き直り問いかけると、彼は小さく頷いた。

『まぁ、好きというか……自由に生きている感じが、見ていて癒される』

 それは充分「好き」と言っていいんじゃないだろうかと思いつつ、わたしは会話の推移を見守る。


『確かに、猫って気まぐれな分、好きなことをして生きてるイメージありますね』

 主人公サツキの言葉に対する彼の頷きは、先ほどよりも気持ち大きめだった。

『そうだな。俺自身、今の仕事は向いていると思っているが、好きかといわれると100%そうとは言い切れない。だから、時折窮屈に感じられることもある』


 五代さんが放つ意外な告白に、わたしは目を白黒させた。これは果たしてどこまで、中の人と同じ意見なのだろうか。あとで確認してみたい。驚いている間にも、彼の言葉は続く。

『だけど、自分のペースで生きている猫を見ているともう少し、自分の好きなように生きてみてもいいんじゃないかという気がしてくる。猫が視界に入る環境で生活すると、少し楽な心持ちで生きていかれる。だから、猫を見るとつい目で追ってしまうんだ』


『少し、わかる気がします』

 弁当箱を片付けながら、主人公サツキはそう口にした。五代さんがこちらに目線を向けたので、続きの言葉を考える。

『猫は猫なりに、自分の考えがあって生活しているんでしょうけど。それでも、人間みたいに周りに過度に気を使って疲れてしまう、というイメージは湧きません。“猫を見たら周りを気にしすぎな自分を省みる”、いいと思います。わたしも行き詰っているときは、猫を見て癒されることがあるので、少しわかる気がします』


『猫は猫なりに、か』

 主人公サツキの言葉を受けた五代さんは、わずかに口角を上げた。

『そうだな。……今日は外で昼食をとってよかった。コンビニ弁当で安くあげられた上に、猫にも会えた。おまけにお前にそれを肯定してもらえた。……些細なことでも、共感してもらえると嬉しいものだな』

 五代さんの身体がピンク色に光る。今までの分岐で一番楽に、好感度を上げることができた。


「猫さまさま、かな」

 そう呟いてから、五代さんの中の人に声をかける。

「伍代さん、猫が好きっていうのは本当の話ですか?」

 伍代も、ゲーム内キャラクターではなく自分に話しかけられていると理解したらしく、画面上の五代さんは動かないが言葉を返してくる。


「まぁ、嫌いではないな。……猫を見かけると、目で追ってしまう癖はある。理由についてそこまで深く考えてはいなかったが。ここまで忠実に再現されると、本当に俺なのか俺に似たAIなのかわからなくなってくるな」

『お褒めいただき、光栄です』

「別に褒めたつもりはないんだがな……」

 開発者チームの一人で、わたしたちの攻略を外から見守っている橋元弥生はしもとやよいのチャットに対し、五代はぼやく。

『攻略は順調なようですね』

「たぶんね。無条件に好感度が上がる選択肢が出てきたってことは、もう五代さんルートには入ってるみたいだし」

『よかったです。引き続き、微力ですが応援しています』

「ありがとう」

 弥生のチャットに声で答えて、わたしは「次へ」のボタンを押した。

 五代さんにほだされる前に、なるべく早く、この攻略を終えられるようにと願いながら。

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