第二章 妖剣の刀鍛冶

ある日森の中で

 ……どうしてこうなった?


 今、少年はかつてないほどに苦悶していた。

 彼の名はシキ

 相棒であるメイという少女と共に、この荒廃した世界を救う人類の生き残りの1人である。

 この世界で目覚めてから彼は現在に至るまで数々の苦難に遭ってきた。


 崩壊する建物からの脱出

 炎上する列車で殺人鬼と対峙

 暴走したAIと命懸けの死闘


 どれも10代の少年には辛く、険しい出来事だった。

 持ち前の機転、そして旅の途中で手に入れた力でそれらを何とか乗り越えてきた。

 しかしそんな彼は今、過去最高に追い詰められていた。



「いやー、まさかこの文明が滅びきった世界でお風呂にありつけるなんてねぇ……」


 室内に少女の声が響く。


「おぬし……まさか千年間風呂に入ってなかったのか……?」


 そしてその少女の声に答えるもう一つの声が聞こえる。


「ふっふーん♪私は改造人間だから謎技術のおかげでお風呂に入らなくても常に清潔に保たれているんですぅ〜!」


「本当奇怪なおなごよのう……どれ、ワシによくその身体を見せい」


「……ひゃっ!?ちょ、いきなりどこ触ってんの!?」


「別にお互い裸同士恥ずかしがる必要もなかろう……ほれ、逃げるな。よく見えんじゃろうが」


「一体どこ見ようとしてんの!?シキ……、シキ助けて!このままだと私こいつに◯される!?」


 逃げてきた少女……メイはシキの背後に隠れるように密着する

 シキの背中に柔らかい何かが押しつけられる


「全く……別に取って食われるわけでもあるまいに。ほんの先っちょだけじゃ」


「そんな凶悪なモンぶら下げて近づいてくんな!?」


「すまんのぅ少年……後ろのヤツをちと借りるぞ」


 今度はシキの目の前から確かな重量を伴う何かが押しつけられる。、

 前後から押しつけられる計4つの何か

 上昇していく室温

 そしてシキ自身の虚弱体質が重なった結果


(これが……しめんそか……?)


 彼の意識はお湯の中に溶けていくのであった。




 -少し前-


「ねえ〜〜〜〜しきぃ〜〜〜〜」


「……なに?」


「目的地ってまだ着かないのーーーーっ!?」


「はるはもうすこしでとうちゃくするっていっているよ」


「それホントぉ……?ここまでバイク?……でぶっ飛ばしてきたけどさ、人っこ一人どころか建物の一つも見えてこないよ?」


 そう、現在私ことメイと相棒のシキは荒野をバイクで疾走している最中だ。

 どうしてこうなったって?

 では知らない人のためにこれまでの経緯を軽くおさらいしよう。


 なんやかんやあって1000年前に滅びてしまった世界

 そんな世界のとある建物で私はシキと出会った。

 崩壊する建物から命懸けで脱出した私たちは突如現れた謎の列車に乗る。

 不思議な乗客たちとの交流を終え、白き殺人鬼を打ち倒し、列車は目的地に到着する……そして

 トンネルを抜けるとそこは白煙が立ち昇る工場でした(トンネルなんて無い)。

 そこからはまあ大変

 私は気づいたら地下に落とされてたし

 シキは私の複製品に寝取られそうになったし

 複製品をぶっ倒したと思ったらまた地下に落とされたし

 地下で複製品にとどめを刺してなんとか地上に這い上がったら暴走したハルとかいうAIと戦うハメになったし

 死に物狂いでハルを倒したら今度は本物のハルが出てきて世界救ってこいとか言われるし

 そんなわけで現在私たちは世界を救っている最中なのである。

 ……え?ただバイクでツーリングしているだけじゃ無いのかって?

 失敬な。ちゃんと目的があるんですよ我々には


 -さらに少し前-


「……食品工場?」


「はイ。まずはこちらをご覧くださイ」


 Human Assistant in Reproductive Undertaking……通称ハル

 人類復興の切り札として天才……小此木タツヤが開発したAIの声が室内に響く。

 そして私たちの目の前の巨大なスクリーンには、この世界の地図が映し出される。

 地図の上には7つの光点が点滅しており、そのうちの一つは他のものよりも一際強く光っていた


「お二人にはまずこちらに向かっていただきまス。先ほどこの世界の現状……そしてあなたたちがこれからしなくてはならないことについては説明しましたネ?」


 私たちがこれからしなくてはならないこと。


 それは世界の復興らしい


 らしい、という曖昧な表現にについて詳しく述べさせてもらうと

 正直なところ世界の復興などと言っても未だに実感が湧かないからである。

 私が知る限り現在この地上において人間と呼べるものは存在しない。

 いるのはこの厳しい環境に耐えうるよう肉体を改造された帰還者リターナーと呼ばれる新人類だけだ。

 一体彼らが何人いるかはわからないけど、正直全盛期の人類の人口は愚か、人口を維持するのも困難なのでは?と思ってしまう。

 しかし……ハルはこのミッションのことを限りなく0に近い可能性ではあるとは言ったが、決して不可能とは言わなかった

 つまり


「この光っている地点にこの工場みたいに重要な施設があるってわけね」


「その通りでス。記録によればこの施設に想定されていた機能は……食料を生産する施設でしタ」


「……!!」


 食料の生産

 それは人類復興に避けては通れない最も重要な施設と言える。

 今のところ私やシキは改造手術の影響により生きるのに食料を必要としない。ただしこれは例外中の例外であり、他の帰還者リターナーや生物もそうであるとは限らない。そしてこれは言うまでもないことだけど通常の生き物は何かを食べなければ生きていけない。

 したがってこの施設の確保は目下最優先事項となる。


「ただしこの施設の稼働は現在確認できていませン。そこでアナタたちに直接向かっていただキ、施設の確保及び稼働を行っていただきまス」


「簡単に言ってくれるなぁ……ねぇ、シキさんはどう思う?」


「いまさらなにをいってるのめい……それに」


「……?」


「かんたんなことだよ。めいといっしょだからね」


「ハルッッ!!今すぐ出発の準備して!!あーーーーもうテンション上がってきたァァァァァァ!!!!」


 相棒はすっかり私の扱い方を心得てきている。

 心ではそう思っていても身体は正直な私なのであった。




「っ……!!……みえてきたよ!!」


 そして現在

 ぼんやりと回想に耽っていた思考がシキの声で戻ってくる。

 もしかして例の施設がもう見えてきたのだろうか?


「……ん……?……んん……ッッ!!??」


 え……?ちょっと待ってちょっと待って?

 うん、確かに前方に見えてきたよ

 でもさ、これってさ?例の施設なんかじゃなくてさ


「ねぇシキさん……とうとう私の頭はおかしくなったのかしら……?」


「……?めいはいつもおかしいよ?」


「辛辣ゥ……で、でもさ!!だって、これって……!!」


 さっきまでは一面何もない荒野だった

 しかし、今目の前に見えてきた光景……それは


「森……だよね……?」


 森


 それはこの1000年間で失われたものの一つであると同時に全てだった。

 森は多くの命を内包した一つの世界であり、その全てはかつて人間同士の醜い争いによってその全てが燃えてしまった……はずだったが


「オーケーオーケー、うん……もうね私驚かないよ」


「……めい?ばいくがふらふらしてきてるよ?」


「あのね、もうありえないものを見てリアクション取るの飽きたし慣れたからね。そろそろしつこいからね」


「こえがふるえてるよめい……!!……まえ!!まえみて!!」


「ふぇ?」


 いつから前を見ていなかったのだろうか

 シキが声を発していた時にはもう私たちはバイクごと森の中に突っ込んでいた。


「あばばぼばばばばばばばば!!??」


 景色が高速で流れ、目の前から木々が迫る

 私は自慢の視力と動体神経を生かし、華麗なライディングテクニック(笑)でそれらをなんとか避けていく


「「あ」」


 しかし、あまりにも木の密度が高すぎた。

 完全にかわしきることができないことを悟った私はとっさにシキを抱えてバイクから飛び降りた。


「ッッ!!!!!!」


 間一髪、木に衝突する前に脱出に成功はした。


「〜〜〜〜っ!!あつつ……シキ……大丈夫?」


「めいのおかげでね……だけど」


「あー……」


 当然のことながら目の前には私たちの代わりに木と衝突したバイクがあった。

 まずは遠目から見てみる。私はバイクの構造にそこまで詳しいわけではないけど、走るのに必要不可欠なタンクやエンジンの部分は無事そうだった。しかし、恐る恐る近づいて確認してみたところ、やはり直接木に衝突したハンドル周辺の部分やタイヤは大きく損傷してしまっていた。


「ねぇシキ……これどう思う?」


「とりあえず……ふほうとうきはよくないよね」


「確かにビジュアルは完全に山へゴミ捨てにきた観光客みたいになってるけどさぁ……」


「それにかんぜんにこわれたわけじゃないし、もしかしたらもくてきちでしゅうりできるかもしれないよ?」


「そうかもしれないけど……一体こんなんどうやって運ぶのよ」


「……?めいならかたてでいけるでしょ?」


「シキはもう少し女の子の扱い方をさぁ……ま、仕方ないか」


 元々私の不注意でスクラップ寸前になってるわけだしね。

 シキの言うことはめちゃくちゃではあるが一理あるし、残念ながら片手でバイクを持てる系女子なのも事実なので、私はバイクをズルズルと引きずりながら森の中をしばらく歩くことにした。



 それから歩くこと小一時間ぐらい


「……!?なんだ……これ……」


「ん〜?なんか言った〜?」


 先ほどからシキの様子がなんだかおかしい。

 つい最近得たばかりのその可愛いおめめを忙しなく動かし、辺りを警戒している。


「ふぅん……?」


 シキに倣って私も感覚を研ぎ澄ます。

 これは普通に自慢なのだが、私は視力と聴力はめちゃくちゃ優れている。

 まずは視力……こっちは残念ながら木々によって視界は一面の緑しか見えない。

 しかし……聴覚は違う

 ほら、耳をすませば


「めい!!」


「了解!!」


 相棒の思考が脳内を駆け巡る。

 瞬時にの位置を把握した私は右手の装備を解放する。


 ィィイイイイイイインンンンンンンン!!!!!!


 森の中に轟音が響く。

 そして、背後から攻める脅威を一刀両断の下切り捨てる!!


「ーーーーーーーーァア!?」


 そこからは悲鳴にも似た何かが発せられた。

 だが襲撃はまだ終わらない。

 攻撃でできた隙を突こうと右方から迫る影がある。

 しかし


「ーーーーーーーー!?」


 それは一瞬硬直し、何かを見失ったような奇妙な挙動をとる。


「シッ……!!」


 すかさず私はそこに刃を叩き込む。

 影の頭部と胴体がお別れした。


「元気よく襲ってきたわりにこんなもん……?」


 私はその時、ようやく目の前の何かを直視した。

 改めて見てもこれが何なのかわからない。

 特徴といえば全身が黒い体毛のような、もやもやとしたもので覆われている……ということくらいだ。

 もう少し近くで調べてみよう……と思ったその時だった。


「……!!めい!!まだ終わってない!!」


「っ……!?」


 私は慌てて距離を取る。

 そして


「こ……これって……」


 先ほど私の手によって斬られたはずの目の前の異形が……再生していく。


「だったら……もう一回……!!」


 私は再生しきる前にもう一度チェーンソーで斬りかかる。


「ーーーーーーーーィイ!?」


 手応えは完璧だった。

 今度こそ、絶対に斬った……!!


「めい……だめだ」


 はずだったが、異形の動きは止まらない。

 早くも身体の再生が始まってしまっていた。

 そしてそうこうしている間にも最初に斬り伏せた方が既に復活している。


「じゃあ、これなら!!」


「めい!!ここはにげよう!!」


「えぇ!?」


「あれは……ぼくらにはたおせない……いったんにげよう!!」


 我が相棒ながら恐ろしく早い判断……私じゃなきゃ見逃しちゃうね。

 しかし、この状況においてはそれでも私たちの判断は遅かった。


「ァ………ァァァァァァ」

「ケ……………………ェ」

「……………タ…………」

「ス…………ェ……ェ…」


 周囲からうめき声に似た何かが聞こえてくる。

 それも複数


「シキさん……なんかさっきから幻聴が聞こえるんだけど」


「おそかった……っ!!」


 どこからともなく次々に異形が発生し、私たちを取り囲み始める。


「どうするシキ……?ここまで追い詰められたらもう使うしかないんじゃない?」


「……きはすすまないけど……しかたないかな」


「オッケー……とりあえず一発かましてさっさと逃げよう!!」


 今も異形の数は増殖し続けている。

 私たちはこの包囲網を抜けるためハルに授かったを準備しようとする……


 その時だった。


「そこの2人ィ!!ちょっと伏せてな!!!!」


 まず、声がした。

 そして今度はシキが私に勢いよく抱きつき、その軽い体重を預けてくる。

 突然のことで私はシキを支えきれず、そのまま後ろに押し倒されてしまった。


 次の瞬間


 衝撃が空を斬る


 そこは、先ほどまで私たちが立っていた場所で


「ァァァァァァィイァァァァァァィイ!!…………ァ……ァ……?」

「!?……ァ?……ィイ……タ………ぁぁ……」

「ァァ……テ……?」「ォ……ァ?……?」「……………ィ……」


 悲鳴に似た音とうめき声

 次第にそれらも吹き抜ける風と共に空へと消えていった。

 驚くべきことに、あれほどいた異形の群れが一瞬にしていなくなってしまった。

 ……まぁびっくりはしたけどそれはそれとして


「シキちゃん急に抱きついてくるなんてさぁ〜何?怖くてたまらなくなった?それとも寂しくなっちゃった?わかるよ。でもさすがに甘えるのは後でn」


「あとにするのはめいのほうだよ……ほら」


 相変わらずのスルースキルを発揮してシキは私の後方に視線を送る。


「山菜採りに来たらまさかこんなところに人間がいるとはのぅ……怪我はないか?」


 振り返り、声の主を見る。


「えと……助けてくれてどうもありがとう。私はメイ、この男の子はシキって言います」


 あと少し避けるのが遅かったら私たちもあの異形たちと一緒に殺されかけていたけど、助けてくれたことには変わりないのでとりあえずお礼は言う。


「何、礼には及ばんよ。女子供が疵物きずものに襲われているのに放っておくわけにもいくまい。おっと自己紹介がまだじゃったな」


 そしてニッと笑いながら


「ワシの名は 一 千里にのまえ せんり。村で刀鍛冶をやっておる」


 燃えるような赤い長髪

 刃物のような鋭い瞳

 腰に据えた抜き身の大太刀と

 今にもサラシを突き破りそうなほどの大きな胸部を揺らし

 彼女は私たちにそう告げたのだった



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1000年後の私へ 理科 実 @minoru-kotoshina

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