[回想]1000年前の私へ③

 遠くに大きな煙突が見える

 そのてっぺんからは白煙が上り、真っ青な空を灰色に塗りつぶしていた

 私は下を覗き込む

 そこには無数の配管が血管のように張り巡らされ、至る所を走っている


 突如

 後ろから声がした


「君はマヨネーズを作ったことがあるか?」


「はぁ……?」


 いや、はぁ?としか言いようがない。

 世に存在する返事の仕方の中では最悪の部類かもしれないけれど、流石にこればかりは私に落ち度はないと思う。


「いや、けっこう真面目な話だよ。特にこれからする話に大いに関係がある」


「……それってほんとに?小此木センセって真面目な話とかするんだね』


「失敬だなオイ。俺はいつだって真面目だよ」


 流石にそれは嘘なのは分かりきっているのでその発言はスルーするとして

 マヨネーズの作り方……かぁ

 まあ戦争が始まるまで食品だけには恵まれていたこの国で育った人間ならば、マヨネーズを口にしたことがない人間は限りなく0に近いだろう。

 しかし、実際に自分で作ったことがある人間というと案外少ないのかもしれない。


「作り方は分かるけど……実際作ってみた事はないかも」


「正直でよろしい。じゃあ作り方を簡単に説明してみてくれ」


「え?……まぁいいけど。えーっと確か……ざっくり言うと卵とお酢を混ぜてから油を少しずつ加えてかき混ぜる感じだね」


「だいたいそんな感じだ。補足すると、通常なら交わることがないお酢と油が卵が加わることにより乳化されてマヨネーズが出来上がる」


「へー流石天才。物知りですね」


「そう思うならもう少し心を込めようか?というかこんなん小学生の家庭科で習うわ」


 あったなー家庭科

 私大っ嫌いだったわー特に調理実習

 調理実習に限らず自分が作った料理を誰かが食べるというのが嫌だったのだ

 あとはみんなで一緒に料理を作るっていうのも気に食わなかったのだと思う

 ……つくづく嫌なガキだな私



「気を取り直して……じゃあ次の質問なんだが」


「はい」


 なんだ?今日ってマヨネーズの日だったっけ?


「作り方は知ってたんだよな?じゃあなんで作らなかったんだ?」


「うーん……だってそれは」


 第一に浮かぶ理由としてはめんどくさい、だ。

 ではなんでめんどくさいのかというと


「既に安くて美味しい商品が売られているんだから別に自分で作る必要もないかなって」


 基本的に個人で作った物が大企業が作った量産品に敵う例はごく僅かだ。

 そしてマヨネーズは量産品の方が優れている商品の最たるものだと思う。

 もし私が個人で作ろうと思ったら、いくら簡単に作れるとしてもさっき説明した素材をわざわざ買ってきてせっせとかき混ぜなければならない手間がどうしても発生する。そしてせっかくできたマヨネーズの味もスーパーで買ってきた《《それ》》に比べてしまえばいくぶん劣るだろう。きっとそこには個人の努力ではどうしてもなし得ない企業努力という「群」の力が働くのだと思う。


「まさにその通り!」


 先生はなんだか嬉しそうにそう言った


「古今東西、量産品というものはとかく馬鹿にされがちなんだが決して侮る事はできない……大体のものはその辺の粗末なオリジナル製品を遥かに上回り、安価で大量に生産可能という大きなメリットが存在する」


 あーそういうことか


「えっと……つまり先生はマヨネーズの製法を通じて、量産品より優れたオリジナルなぞ存在しねえ!!的なことを言いたかったわけ?」


「ん?違うよ」


 違うんかい


「話は最後まで聞け。まあでも途中までの解釈はそれで概ね合っているよ。でも俺がしたいのはそういう話じゃない」


「じゃあ一体どういう話なんです?」


 私は半ば投げやりに言う

 ぶっちゃけもうさっさと解放してはしいなあ……とか思い始めていた


「俺はあらゆる量産品を凌駕するオリジナルを生み出したいんだよ」


 先生は、私の目を見てそう言い放った


「以前俺が言ったことを覚えているか?」


 質問がアバウトすぎるだろとか思わなくもなかったけれど、以前に先生から言われたことで特に印象に残っているといえば


『キミには人類最後の生き残りになってもらう』


 この一言だ


 人類最後の生き残り


 言葉の意味はわからんでもない……けれど


「外の状況を軽く説明すると近い将来人類は絶滅する」


 いきなりとんでもないこと言うなこのおっさん

 マヨネーズから衝撃の急展開だよ


「篠原さん、最近来なくなっただろ?」


「……っ!!一体何が……あったの?」


 私の部屋は完全個室制で世話をしてくれる看護師の篠原さん以外に訪れる人もいなかったので、基本的に外部とは隔絶された世界だった

 私としては嫌いな人間もいない願ったり叶ったりな状況だったけれど、それだけ得られる情報も少ない……だから、外の世界で何が起こっているかなど基本的にはわからなかった

 しかし……私が知らなかっただけで、そんな状況でも異変は徐々に現れていた

 少し前から篠原さんがマスクを着用するようになった

 医療従事者として患者と接するにあたり、確かにマスクをするのは悪いことではなかったが、着用は義務ではなかったはずだ。

 そして日に日に篠原さんの顔に疲労が見えてくるようになった

 彼女は私の節穴のような目で見ても優秀な看護師で、患者の前では決して自身の弱さや疲れている姿など見せない人だった

 そしてここ数日、彼女の姿は見えなくなり、代わりの人が交代で私の世話をするようになっていた

 これは明らかにこの病院で何かが起きており、そしてその何かが原因で篠原さんが休まなければならない事態に追い詰められていると言うことだ

 それは、つまり


「現在、全世界で発生している感染症の病原体……とあるウイルスに彼女の身体は侵されている」


「ウイルス……?」


「安心して欲しいのはそのウイルスに感染しても死ぬことはない。主に感染した者の生殖能力を奪うという症状が現在報告されていると言うことだ。つまり彼女は生きているし、今も普通に生活しているよ」


「そっか……それは……」


 よかった

 と言おうとしていた私だったが


「当然ながらウイルスに感染した人間が看護師として働くわけにはいけないからな。今、この病院は患者のみならず従業員にも感染者が増えてきている結果人手不足になってきている。病院が閉鎖されるのも時間の問題だろうな」


 病院が閉鎖される

 それは私にとって死刑宣告に等しい一言だった

 この病院は政府に公認されている中で唯一私の病気を治療できる可能性がある場所だった。正直最近は半ば完治は諦めていたのだけれど、この施設がある限り少なくとも延命はできると楽観的に構えていた

 全く……私ってつくづく愚かな人間だよね

 普通の人間なら行っている自分の居場所を守るための努力を病気のせいにして放棄し、こんな場所に引きこもり続けた末路がこれである

 しかし


「そこで提案だ」


 もし神様って奴がいたら目の前のこの男みたいな感じなんだろうなと私は思う


「俺の研究室に来いよ。そこでお前がになるんだ」


 ちなみに私が信じている神の特徴は以下の通りである


 自分勝手で悪趣味、選択肢の無い選択を迫る最低最悪のクズ野郎


 そして再び私の思考は霧散していき

 ここから1000年の後悔を抱えることとなる






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