「恐怖のネコザメ温泉」制作裏話
武州人也
ちなみにネコザメの英名はBullhead sharkだ
俺たち映画サークルは、卒業制作としてサメ映画を撮ることになった。卒業する前部長がサメ好きであったから、そのことは前々から決まっていた。
ロケは沖縄で行い、紙粘土製のサメをはめ込み合成で表現し、足りないところは水族館で泳ぐサメの映像を流用、といった方針が早くから決まった。このときはサークルの誰もがワクワクしていた。
……ところが、映画撮影は早くも暗礁に乗り上げることとなる。サークル内で新型ウイルス感染症が蔓延したのだ。これによって制作が滞り、予定は大幅に狂ってしまった。
トラブルはさらに続いた。
「え、これは……何?」
小道具班が手掛けた作り物のサメを見て、元部長が戸惑ったような顔色をして立ち尽くしていた。
何があったんだろう……そう思った俺は近くに寄って、作られたサメを見てみた。
「こ、これは……」
元部長が困惑するのももっともだった。出来上がったサメの造形が、あまりにもヘンテコだったからだ。頭でっかちで、小さい口が目よりも前の位置についていて(ホホジロザメやイタチザメ、オオメジロザメなどの「人食いザメ」呼ばわりされる種類は、いずれも口の端が目よりも後ろにくる)、どう見ても人を食いそうなタイプのサメではない。どちらかといえばネコザメやイヌザメといったサメに近い容姿をしている。
さらに追い撃ちをかけたのは、スケジュールが狂ったことで沖縄へも行けなくなり、加えて水族館でサメの映像を撮影することもできなくなってしまったことだった。何とか地元の水族館へは足を運べそうだったが、そこにはネコザメがいるだけだった。
もうどうにもこうにも八方ふさがり。そんな状況を打開しようとしたのか……元部長はこんなことを言った。
「もうせっかくだから、ネコザメが温泉で人を襲うシャークパニックでも撮ればいいんじゃないか?」
元部長のその一言で、「温泉街にネコザメが出没し人を食らうシャークパニック映画」という、トンチキここに極まるといったような映画の制作が決まった。
小道具班は最初に作ったサメに手を加え、ネコザメとして仕上げた。その間に俺は地元の水族館を訪ね、そこでネコザメの映像を撮影してきた。名前の通りというか、ネコザメは人食いなどとはまるで結びつかないかわいいサメだった。主食は貝類で、硬い貝殻をかみ砕いて食べるのが得意らしい。
その後、俺たちは一番近くの温泉地でロケを行った。部員の一人が温泉旅館のオーナーと親戚だったため、快く場所を使わせてくれたのが幸いだった。スケジュールの遅れは相変わらず尾を引いていて、俺たちはネコザメ……いや猫の手も借りたいほどだったが、それでも制作現場には笑顔が絶えなかった。
そうして完成した卒業制作「恐怖のネコザメ温泉」は、某動画サイトに投稿されるや否や、一部のB級・Z級映画フリークたちの間でちょっとした話題になった。「実写映像にはめ込み合成されたチープな造形のネコザメが、温泉に浸かる人々に襲いかかる」というぶっ飛んだ内容が、その手の趣味者たちの心をくすぐったらしい。思っていたよりも反応があって、俺は何だか誇らしい気分だった。
このときの元部長はその後、温泉とチョウザメ養殖で知られる岐阜県奥飛騨に招聘されて、「奥飛騨温泉チョウザメ地獄」というB級パニック映画を制作するのだが、それはまた別のお話……
「恐怖のネコザメ温泉」制作裏話 武州人也 @hagachi-hm
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