世界で初めて警察猫育成に成功した裏側【KAC20229・猫の手を借りた結果】

カイ.智水

世界で初めて警察猫育成に成功した裏側

 とにかくきまぐれで、自分勝手な生き物。

 それが猫である。

 嗅覚は犬の二倍以上精密とされるため、警察犬ならぬ「警察猫」を組織するべく日本政府が立ち上がった。

 しかしきまぐれであり、すぐに飽きるのが欠点だ。


 そんな中、俺は日本で最初の「警察猫」フーちゃんを育成した。

 犬より鋭い嗅覚があり、俊敏でどんな隙間にも入っていく。

 麻薬探知犬ならぬ「麻薬探知猫」だけでなく、潜入捜査や監禁や立てこもりなどでの情報収集にも役立つ、きわめて使い勝手のよい存在。それがフーちゃんだ。


 どうやってきまぐれで自分勝手な存在を世界初の「警察猫」に仕立てられたのか。

 なんのことはない。世に知られていない、先代の「警察猫」から直接教育を受けていたからだ。

 先代の名前はホイちゃん。ひじょうに聞き分けがよく、言われたことを忠実にこなすまさに「警察猫」の鑑である。

 そんなホイちゃんが、なぜ「警察猫」第一号として認定されなかったのか。

 模範的な行動がとれるのだが、餌を欲張ってたくさん食べたがために、太りすぎてしまったのだ。

 一年経った現在ではその貫禄を活かして、新米猫の教育係として俺の右腕にまで上りつめていた。

 しかし、一匹にある動作を行なわせるたびに餌を要求するため、日々さらに貫禄が増していくのである。


 そこで俺は決意した。


 「ホイちゃんダイエット作戦」である。


 もしダイエットに成功したら、「警察猫」育成に補助金もたくさん付くだろう。

 今は微々たる予算のほとんどすべてが、ホイちゃんのおやつ代に消えている。


 そして「ホイちゃんダイエット作戦」は発動された。


 まずおやつを要求してきてもすぐには応えない。

 いくらクレクレと催促されても、心を鬼にして厳しく律していく。

 許せホイちゃん。すべては警察猫育成のためなんだ。

 与えているのは水に溶いた脱脂乳である。

 朝晩はカロリー計算をし尽くした管理栄養食を支給する。

 いくらおかわりをねだってきても、俺は耐え忍んだ。



 そしてひと月が経った。


 ホイちゃんは見違えるほどスマートになり、身のこなしも現職顔負けの警察猫になった。

 ここまで来たら、俺の右腕として新米猫の教育係をさせても、立派な模範になるだろう。


 そう思っていたのだが……。


 あれほど面倒見のよかったホイちゃんが、今や俺の指示に従わなくなったのだ。

 どんなに指示を出してもあっち向いてしまうホイちゃん。

 たったひと月のダイエットだったのに、性格がガラリと変わってしまった。


「なあホイちゃん。どうして言うことを聞かなくなったんだ? お前なら俺の言っていることがわかるよな。どうしてなんだ?」

 ホイちゃんは鎮座してあっち向いたままだ。俺の言うことが耳に入っていないらしい。

「教えてくれたら、ご褒美をあげるからさ」

 その言葉を聞いたホイちゃんは、すかさず俺を正面から凝視した。

 一か月前まではおやつをあげて喜ばせていたが、今はじゃれ合う時間を増やして満足させている。

 ミャー。

 鳴き声はすれど、行動が伴わない。

 ネコジャラシを持ってきて「遊ぼうよ」と誘ってもなかなか動こうとしないのだ。

 ホイちゃんはもう俺を必要としていないのだろうか。

 しかしここまでひとりと一匹が手を組んで、たくさんの警察猫を育成してきた。今では各警察本部から引く手数多である。それなのに肝心のホイちゃんにそっぽを向かれている。


「なあ、これからもたくさんの警察猫が日本には必要なんだ。もし協力してくれたらおやつをあげてもいいんだけどなあ」

 「ホイちゃんダイエット作戦」発動以来、おやつを与えるような誘いはしていなかった。

 だが、需要はあれど供給が追いつかず。


 結局、俺は負けてしまった。

 ホイちゃんの目の前におやつをちらつかせ、新米猫への教育を助けてもらうことにしたのだ。


 すると、ホイちゃんは精力的な協力をしてくれて、新米猫に技をひとつ授ける。するとおやつをねだってくるので、新米猫とホイちゃんにおやつをあげていく。

 しかし現在新米猫は五匹いて、教育係はホイちゃんただ一匹。

 つまりホイちゃんは新米の五倍のおやつを毎日食べることになったのだ。


 そうして一週間後には立派な警察猫が五匹誕生した。



 猫の教育は、猫に任せるのが一番である。

 だが、教育係が一匹しかしないのであれば、育てる猫を増やすべきではない。

 そう気づいたのは、以前にも増して貫禄がついてしまったホイちゃんを見たからである。

 そうリバウンドだ。


 次の育成依頼も五匹である。

 このままではホイちゃんは動けなくなってしまうのではなかろうか。


 すでに三十キロを超える姿を見た俺は、仕事を優先するかホイちゃんの健康を優先するか、選択を迫られていた。



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