猫の手

飯田太朗

借りてみた。

「式場選びだってまだだぞ」

 そう三留に言われても、忙しいものは仕方ない。曖昧な返事をしながら啜ったカフェオレは苦かった。結婚なんて二人の話なのにちっとも身が入らない。

 ひとまず今月中に目途をつける方向で話は決まったけれど、私だって仕事で今月中、いや今週中に終わらせるべき案件が沢山ある。

 ため息をつきながらボロアパートに帰ったら宅配ボックスに届け物。覚えがない。

 だが一応、取り出してみる。うちの住所と、それからメモが一つ。「お困りのあなたへ」。送り主の情報はない。

 汚い部屋に帰って恐る恐る開けてみて、悲鳴。干からびた何かがあった。毛の生えた何か。よく見てみる。しわくちゃの肉球。飛び出た爪。これは、生き物の、手? 

 近くにはメモが添えてあった。読む。

「猫の手:あなたの代わりをしてくれます。三回まで。願ってください。私の代わりに何々をしてください。と」

 意味が分からなかった。意味が分からない送り主からの意味が分からない贈り物。でも、と思った。私の代わりをしてくれる。例えば、そう、私の代わりに彼と式場を選んでくれたら。私の代わりに仕事をして、私の代わりに家事をやってくれたら。

 三つまで。恋愛、仕事、生活。三つあれば十分だ。

 恐る恐る猫の手を取り出す。もっと気持ち悪い感触かと思ったが、意外に毛並みが気持ちよかった。願う。私の代わりに……どうか私の代わりに……。



「なぁ、この間アパートで見つかった女性の不審死体ってさ、何かお前に似てないか?」

 式場からの帰り道。三留が似つかわしくない話をする。全く男ってやつは。

 私が黙っているとさすがにまずい話題だと思ったのだろう。彼は話を変えてきた。

「仕事は?」

「楽勝」

「引っ越ししたんだろ?」

「うん。もう片付けも終わった」

「すごいな。まるで三人いるみたいだ」

 まぁ、そりゃあ猫の手を借りたわけだからね。

 恋愛、仕事、生活。じゃあ残ったあの子わたしはどこ? 

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猫の手 飯田太朗 @taroIda

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