猫の手
飯田太朗
借りてみた。
「式場選びだってまだだぞ」
そう三留に言われても、忙しいものは仕方ない。曖昧な返事をしながら啜ったカフェオレは苦かった。結婚なんて二人の話なのにちっとも身が入らない。
ひとまず今月中に目途をつける方向で話は決まったけれど、私だって仕事で今月中、いや今週中に終わらせるべき案件が沢山ある。
ため息をつきながらボロアパートに帰ったら宅配ボックスに届け物。覚えがない。
だが一応、取り出してみる。うちの住所と、それからメモが一つ。「お困りのあなたへ」。送り主の情報はない。
汚い部屋に帰って恐る恐る開けてみて、悲鳴。干からびた何かがあった。毛の生えた何か。よく見てみる。しわくちゃの肉球。飛び出た爪。これは、生き物の、手?
近くにはメモが添えてあった。読む。
「猫の手:あなたの代わりをしてくれます。三回まで。願ってください。私の代わりに何々をしてください。と」
意味が分からなかった。意味が分からない送り主からの意味が分からない贈り物。でも、と思った。私の代わりをしてくれる。例えば、そう、私の代わりに彼と式場を選んでくれたら。私の代わりに仕事をして、私の代わりに家事をやってくれたら。
三つまで。恋愛、仕事、生活。三つあれば十分だ。
恐る恐る猫の手を取り出す。もっと気持ち悪い感触かと思ったが、意外に毛並みが気持ちよかった。願う。私の代わりに……どうか私の代わりに……。
*
「なぁ、この間アパートで見つかった女性の不審死体ってさ、何かお前に似てないか?」
式場からの帰り道。三留が似つかわしくない話をする。全く男ってやつは。
私が黙っているとさすがにまずい話題だと思ったのだろう。彼は話を変えてきた。
「仕事は?」
「楽勝」
「引っ越ししたんだろ?」
「うん。もう片付けも終わった」
「すごいな。まるで三人いるみたいだ」
まぁ、そりゃあ猫の手を借りたわけだからね。
恋愛、仕事、生活。じゃあ残った
猫の手 飯田太朗 @taroIda
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます