手を離さないで、私のヒーロー

志波 煌汰

ずっと一緒にいてね

 双子なのにあまり似てないんだね、と何度言われただろう。

 二卵性ということもあるだろうが、確かに私と弟は双子の癖にあまり似ていなかった。

 性別は置いておくにしても、気の弱く引っ込み思案な私と快活で元気のよい弟はまるで正反対だった。

 臆病でいじめられがちな私をかばってくれる弟の姿は、ともすれば姉弟ではなく兄妹に見えたことだろう。

「ごめんね、私の方がお姉ちゃんなのに。いつもヒロくんに守ってもらってばかりで」

 ぐしぐしと顔を腫らして泣く私に、弟は決まってこう返した。

「気にすんなよ、俺は強いからな。ヒーローみたいに、いつだって姉ちゃんを守ってやる!」

 その言葉の通り、幼い私にとって弟はヒーローそのものだった。

 成長してもヒーローはヒーローのまま、より大きく、より強く、より素敵になっていった。

 力強く、人に優しく、悪いことは見逃さない。誰からも愛される好青年。

 そんな弟に私は気後れしてしまって、いつも少し後ろを歩いてしまう。そのたびに弟は「何やってんだよ姉ちゃん、はぐれるぞ」と手を取ってくれた。

 それが嬉しくて、いつか言ったことことがある。

「ヒロくん、ずっと一緒にいてね」

「当たり前だろ。姉弟で、双子なんだから」

 その言葉に何故か一抹の寂しさを覚えつつも、でも彼はずっと私のヒーローでいてくれるかもしれない、と私は嬉しく思った。


 だから弟が世界を守る戦士に選ばれたと聞いても、そんなに驚きはしなかった。

 私にとっては弟がヒーローだなんて、あまりにも当たり前だった。

 戦士として戦う弟のことを献身的にサポートした。食事を作り、傷の手当てをする日々。ヒーローの後方支援は大変だが、やりがいはあった。


 だけど、いつからだろう。誇らしさより寂しさが大きくなっていたのは。

 弟は今日も世界のために戦う。私の知らない誰かを相手に、私の知らない仲間と一緒に、私の知らない誰かのために傷を作り、私の知らない誰かに賞賛される。

 その昔よりも大きな背中を撫ぜながら、この傷は私のためについたのではないのだと嫉妬にも近い気持ちを覚えた。

 私の。

 私だけのヒーローだったはずなのに。


 だから私は、悪魔に魂を売ってしまったのだ。


「ごめんね、ヒロくん」

 私は口から血と共に謝罪を零す。

 腹部を貫いた剣が燃えるように熱くて、私の体がどんどん冷えていくのが分かる。まるであべこべだ。

「謝らなくていいよ、姉ちゃん」

 弟も同じように口から血を滴らせながら笑う。

 背後の崖から吹く風が、その髪を柔らかに揺らした。

 『敵』が私に施した呪いは、命の共有。

 双子である私が死ねば、弟も死ぬ。

 それを知ったうえで、弟は『敵』の先兵となった私を殺してくれた。

「……ごめんね」

 また、謝罪の言葉。

「ごめんね、ヒロくんはみんなのヒーローなのに。私なんかのために、死なせちゃう。いつまで経っても、駄目なお姉ちゃんだね」

「何言ってんだよ」

 弟は笑う。

「俺はいつだって、姉ちゃん一人助けられればそれでいいんだよ」

「……本当に?」

「本当さ。今日だって、姉ちゃんを助けに来たんだ」

 私を? 違うでしょう。私からみんなを守るために来たんでしょう?

 少し自嘲気味に放った言葉に、弟は頭を振った。

「姉ちゃん、優しいからさ。誰かを傷つけるなんて辛くて、苦しいだろ? 止めさせてやらなきゃって思ってきたんだよ」

 その言葉に涙が溢れる。

 そんなことないよ。他人のことなんて考えてなかった。ずっとヒロくん早く来ないかなって、ヒロくんに倒してほしいなって、ヒロくんのことばかり考えていたよ。

 思いは言葉にならず、ただ嗚咽と血だけが流れる。

「──! ──!!」

 後ろからヒロくんの仲間が何か叫びながら走ってくるのが見えた。

 ごめんなさい、と少しだけ思いつつも、私は目の前の弟を見つめる。

「ね、ヒロくん。ずっと一緒に、居てくれる?」

「……当たり前だろ。姉弟で、双子なんだから」

 地獄の果てまで、一緒に居てやる。

 弟の言葉に私は、ただ、うんと頷き。

 そして彼の手をとって、断崖へと身を投げ出した。


 繋いだ手から体温が伝わる。

 急速に冷えていく私とあなたの体。ゼロに近づいていく温度が、重なって一つになる。

 死へと落下していく二人。弟は、どうせ二人とも死ぬというのに、私を守るように強く抱きしめる。

 吹きすさぶ風に涙はとうに乾いていて、私には残るのは笑顔だけ。

 愛しい人の体を感じながら、私は満ち足りた気持ちだった。


 ……やっと、帰ってきてくれた。もう、どこにもいかないでね。

 私の、私だけの、ヒーロー。

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