支え愛
九戸政景
支え愛
夜空が広がる中で星が瞬き、月が穏やかな光を放つ夜。ある家の一室では、一人の少女がパソコンの画面を見ながら嬉しそうに微笑んでいた。
『はい、どうも~! という事で、今夜も雑談配信を始めていくよー!』
「……ふふっ、今日も元気だなぁ」
『……おっ、お初さんこんばんは。えっと、友達に勧められて来てみました……それはありがたいなぁ。その友達が誰かはわからないけど、本当にありがとう。
お……また別のコメントがあるな。その元気を俺に分けてくれ……か。いいよいいよ、持ってけ持ってけ。元気なら売る程あるから、もし買うなら出血大サービスで売り捌いてくぞー?』
「売れる程に元気があるのは羨ましいかな。でも、この人の動画や配信を観て私も元気を貰えてるし、私は得してる気がするなぁ。この人がいたから、私は今もこうして生きているわけだし……」
画面内で楽しそうに話す少年を見ながらポツリと呟くと、少し哀しそうな表情を浮かべる。
「……数年前、中学校でイジメに遭っていた私は辛い毎日を送っていた。物を隠されたりすれ違いざまにぶつかられたりするのは日常茶飯事で、掃除用具箱に閉じ込められたり机の上に花瓶を載せられたりもした。
クラスメート達も見て見ぬふりしたり私の姿を見て笑うだけで、先生だって関わってこようとはせず、こんなに辛いなら死んだ方が良いと思う程だった。でも、そんな時に出会ったのがこの人だったんだよね」
画面内では少年が楽しそうに話しながら時折寄せられるコメントに返事をしており、その様子から自身の活動を心から楽しんでいるのがハッキリと見て取れた。
「私が見つけた時はまだ全然無名で、動画の視聴者もいつも一桁、チャンネル登録者も0っていう状況だったけど、その頃から動画内ではいつも元気にやっていて、その頑張る姿に元気を貰えたんだよね。
だから、私も頑張ってもらいたくて動画を色々観たし、動画の感想も書いた。そうしている内に私ももっと頑張ろうって思えて、イジメにも負けずに勉強も運動も精いっぱい取り組んできた。
その結果、地元でも上の方の学校に進学出来て、あの時のクラスメートとは誰とも一緒にならずに新しく出来た友達とも楽しくやれてる。
まあ、こんな事を言われてもこの人からしたら迷惑かもしれないけど、この人は私だけの最高のヒーローでいて、いつまでも元気に活動を続けてほしいな……」
どこか寂しげに少女が呟いていると、少年は流れてきたコメントの一つに目を向けると、一瞬迷ったような表情を浮かべてから嬉しそうに微笑んだ。
『……動画制作や配信活動を続けていて辛かった事はありますか、か……実はあるんだよな。新規の人はあまり知らないと思うけど、始めたての頃は本当に人気が無くて、一年くらいは動画の視聴者も一桁な上に登録者も0だったから、自分には向いてないと思って辞めようと思ってたんだ』
「……あの頃、そんなに辛かったんだ」
『……え、そんな風に見えないって? まあ、その頃から元気だけが取り柄で、動画内では暗くならないようにだけはしてたからな。
そもそも活動を始めたのも他の人のを観て興味が湧いたからでもあるけど、俺の動画を観た誰かに元気を分けたいと思ったからなんだ』
「…………」
『なになに……元気過ぎて見てるこっちが過剰摂取になるのは気をつけてほしい? あははっ、それは気をつけないとな。
それで、他の人と比べて全然劣ってる自分じゃ誰も元気に出来ないって思って、この動画も反応が良くなかったら辞めようとしてた時に一人の視聴者からコメントを貰えたんだ』
「え……もしかしてそれって……」
『えっと……それが今の恋人なんですよね、って……残念ながらそんな事は無いんだよな。その人とは直接会った事も通話した事も無いけど、同い年の女の子っていうのはコメントでわかってるんだ。
それで、その人のコメントには動画の感想や俺への激励が書いてあったんだけど、そのコメントは俺にとって本当に嬉しい物で、その日は嬉しくて涙が止まらなかったよ。これまで評価されなかった俺の動画が始めて誰かに評価された瞬間だったからな』
「……あのコメント、そんなに喜んでくれてたんだ」
嬉しさを感じながら少女が呟く中、少年は画面内で懐かしそうに微笑む。
『それから俺は、まずはその人を元気にしたいと思って精いっぱい頑張る事にした。もちろん、他の視聴者の事も考えてはいたけど、自分を救ってくれた人すら元気に出来ない奴に他の人を元気にする事は出来ないと思ったんだよ。
えーと……なに、その女神。マジで推せるわ、か……たしかに女神みたいな人だよな。その人がいなかったら、今頃俺はこうしてみんなと話せてないし、何も目標もないつまらない毎日だったと思うしさ。
けど、俺からしたら女神よりももっと適切な表現があるんだよ。え、それは何かって? それは……“ヒーロー”だよ』
「私が……ヒーロー……」
『女の子ならヒーローじゃなくてヒロインだろ、言っとくけどヘロインじゃないぞ、って……いやいや、それは麻薬だからな。
けど、俺からしたら本当にそれくらいの人なんだよ。こんな言い方は気持ち悪いかもしれないけど、今でも俺だけのヒーローみたいな物だし、これからもそうであって欲しいかな』
「この人も私と同じ事を……」
『なになに……甘すぎて虫歯になりそう? リア充、爆発しろ。末永く幸せになりやがれ、こんちくしょう? あははっ、流石にクサすぎたかな。
でも、本当に会ってみたいなぁ……どんな子なのかも気になるけど、この感謝を直接伝えたいからさ。まあ、流石にどこに住んでるかわからないし、それを無理に聞く気もないけど……何か会う方法って無いかな……』
画面内で少年が考えこんでいたその時、少女は少し迷った様子を見せたが、すぐに覚悟を決めたような表情を浮かべると、キーボードに指を置いてコメントを打ち込み始めた。
そして、打ち込み終えたコメントを送信し、それが画面上に表示されると、少年は一瞬驚いた様子を見せたが、嬉しそうに微笑むと、頷いてから静かに口を開いた。
『みんな、いつかオフ会を開くのはどうですかっていうコメントを貰ったんだけど、みんなはどうだ? 正直、まだそういうのを開ける程の人気は無いから、やるなら登録者をもっと増やしてからかなと思うんだけど……』
「…………」
『おっ、やりたいっていう意見がわりとあるけど、中にはオフ会をやるなら登録者100万人になってからだろっていう人もいるな。100万人か……今の登録者数を考えると、だいぶ気の遠くなるような話だな。
えーと……でも、話に出て来たヒロインに会いたくて好きなら頑張ってみせろよ、か。好き……まあ、たしかにそうだよな。弱小だった俺をここまで支えてくれて今でも動画や配信にコメントをくれていた人に対して俺自身ずっと俺だけのヒーローでいてほしいって思ったわけだし、この気持ちは恋心みたいな物なのかな。
まあ、こういう活動をしてる奴が一人の視聴者に肩入れしたり明らかな好意を示すのは良くないけど、嘘をつくのはあの視聴者さんに対して失礼だし、この気持ちは認めても良いんだと思う』
「え……そ、それじゃあ……!」
『よし……それじゃあここに宣言しよう。登録者が100万人を超えたら、オフ会を絶対に開く。俺だってここまで支えてくれて今でも動画や配信にコメントをくれてる初めての登録者さんに直接会って感謝を伝えたいからな。
ん、これは公開告白が見られるんですね……そんな少女漫画みたいな場所になるっていうのか! 俺は絶対に行くぞ! か……あははっ、否定やバッシングがあってもいいのにこんな風に言ってもらえるなんてなんだか不思議な感じだな。
けど、その時にはみんなに満足してもらえるようなオフ会にしてみせるから、オフ会には来てくれると嬉しい。みんな、よろしくな』
その少年の発言にコメント欄にはオフ会への開催希望や活動に対しての期待、少年への激励などが次々と流れ、その様子に少女は微笑んだ後、自身もコメントを打ち込み送信した。
流れてくるコメントを少年は嬉しそうに眺めていたが、少女のコメントに気付くと、嬉しそうに微笑んだ。
『……よし、それじゃあオフ会の件は一度置いていて、また雑談をしていくか。みんな、質問や活動への要望があったらどんどんコメントしてくれよな』
その発言に様々なコメントが寄せられ、それに対して少年が楽しそうに答える中、少女は微笑みながら配信に意識を集中させていった。
支え愛 九戸政景 @2012712
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