【KAC20228】ヒーローよ、去らないで。

肥前ロンズ

ヒーローよ、去らないで

 世の中には、不思議なことがいろいろ起きる。かく言う私も、その不思議なことの一つ。

 大航海時代、この日本にキリスト教と共に流れ着いた魔術師の末裔であり、かれこれ私も150年以上生き続けた魔術師。迫害や偏見、時代の流れをやり過ごし、文明の利器をなんとか使いこなして、山の奥で暮らしつつ人間社会にもかかわりを持ち続けている。


 とはいえ。

 着物を着た男性が、家の前に倒れている場合は、どう捉えればよいのでしょうか。


 コスプレ? いや、こんな(私有地)ところで、お侍さんの恰好して写真撮りに来るかな? それにこの布、絹や化学繊維じゃなくて、木綿っぽいし……。しかも刀も本物、刃までついている。銃刀法違反。幽霊でもないし、怪我しててどこもかしこも血の匂いがするし。

 うーん。やっかいだけど、ひょっとしたら凶悪犯罪者かもしれないし、警察を呼ぶべきなのかなあ。

 だけど、悪い人には思えなかった。そしてその顔に、覚えがあった。そっくりさんか、もしくは子孫かなと思ったんだけど。



「……え。美都みとちゃん?」



 意識を取り戻した男性のその名前に、私は悲鳴を上げた。

 そんな、そんなことってある?

 明治維新から、150年以上が経つ。私が生まれたのは、それより少し前。

 その微かで、しかし懐かしい幼少期の思い出に残っていた、『近所のお兄さん』の顔。


 それが今私の目の前にいる、侍の恰好をした男性――裕史ひろふみさん当人だった。








 そんなこんなだったけど、あっという間に二か月が過ぎた。

「いやあ、150年後にこんなたくさんの文献が読めるとはねえ」

 幕末・明治に生きた人・裕史さんは、インターネットで多言語のニュースを読めるほど、すっかりこの時代に馴染んでいる。どこからどう見ても、今時の20代前半の若者だ。

「裕史さんって、英語読めたんですね」

「一応留学生だったからね」

 それより日本語読むほうが難しい、とブルーライトカット眼鏡を外して、眉間を揉む。

 確かに英語と比べて、日本語はめまぐるしく変わってしまった。

「英語だけじゃなくて、オランダ語、ドイツ語、フランス語も。だから良く、君の家に遊びに行っていたわけだし」

 そう言えばあの頃、家には洋学を学びに来た士族の人が結構集まっていたんだっけ。でもすぐ、裕史さんは留学生に選ばれて、私たちは住んでいた場所を離れざるを得なかった。

 年齢から考えて、裕史さんが元々いたのは、私たちと別れて10年後の時代。よく裕史さんは、私を覚えてくれていたものだ。おまけにあのころと違って、一応成長したわけだし。見た目年齢15歳ぐらいだけど。

 ……そうか私、もう裕史さんより年上になったんだなあ。年上と言うか世紀上というか。



「今からコンビニ支払いしに行きたいんだけど、何か買ってきて欲しいものない?」

「あ、私も一緒に行きますよ」


 若さってすごい。何がすごいって、吸収力がすごい。私Am〇zonとかPay〇ayとかやったことないんだけど。






 国道が通った道の端にあるタバコ屋の前の停留所で、私と裕史さんはバスを待つ。

「……暑くない? その恰好」

「春服を買うのを、すっかり忘れてまして……」

 三寒四温とは言うけれど、今日は汗ばむほど暖かい。ソメイヨシノがちらほら咲き始めている。

 うちにいるなら服を着るより温度調整の魔術を掛けた方が早い、とか思って手を抜かなきゃよかった。出不精のせいで、お外に出てもいい服がない。すっかり布地が薄くなり下着が透けてしまいそうな服を誤魔化すために、コートを羽織っている。

 その事を裕史さんに伝えると、

「魔術で見た目を誤魔化せばよかったんじゃない?」

「……」

 その考えはなかったです。はい。

「随分春が来るのが早いね。今日が春分の日なんでしょ? 如月じゃん」

「20年ほど前だったら、桜が咲く時期は、もう少し後だったんですけど」

 随分現代的な喋り方になったなあ、と私は傍目で裕史さんを見る。

 家の前で倒れていた頃よりずっと髪を短くして、腕をめくってデニムジャケットを羽織って黒いクロップドパンツを合わせている。モデルさんか? と思うほど似合っていた。しかし肩を落とし、まっすぐな姿勢で立つ姿は、やはり武道をおさめた人なんだなと実感する。

 いきなり150年後にタイムトリップして現代に合わせなきゃいけないなんて、かなりのストレスのはずなのに、裕史さんの体調に不調は見られない。留学経験もある人だからだろうか。日々の好奇心が満たされて、楽しそうだと思うのは、私の思い込みじゃない。


「あの、裕史さん」

「ん?」

「せっかくですし、もう少し外を見てみませんか?」

 何時までいられるかわからないし、ここへ来るまでの経緯が穏やかじゃないけど、出来るかぎり楽しんで貰えたらいいなと思う。






 ……そう思っていたんだけど。


「大丈夫、美都ちゃん?」

「な、なんとか……」

 ショッピングモールって、なんでこんなにダメージ食らうんだろう。BGMはあちこちで流れて、気持ち悪い機械音がするし。LEDがキンキン眩しいし。人工的な甘い匂いがすごいし。引きこもり魔術師には厳しい。

「私が連れて来てなんですけど……裕史さんは、大丈夫なんですか?」

「え、何が?」

 ケロっとしているこの人。すごい。それともただ単に、私が貧弱なだけなのかな。さっきからずっと電化製品屋にいたしなあ。

「すみません、ここで休ませてもらえませんか? 何かあったら、スマホで電話を掛けてくれたら」

「そこは魔術じゃないってことは、相当疲労してるんだね」

 そう言いながら、裕史さんは隣に座る。

「倒れている人放置して遊びに行くなんてことはしませんよ。十分、楽しませてもらいましたしね」

 むしろ、美都ちゃんのことを考えないで連れまわした僕の方に責はある、と裕史さんは言う。その為に連れてきたんだけどなあ。


 ぼーっと見ていた先に、広場の前ではヒーローショーが行われていた。小さな女の子たちが集まって、楽しそうに主人公を応援している。

「なに、あれ。見世物?」

「ええと、演劇……」

 って言えば、通じるかな。あの頃何が流行ってたっけ、と考えても思い出せない150歳(推定)。

 アニメの概念は知っていたので、ざっくりとその旨のことを伝える。


 バッコーンと、ピンクの衣装を着た主人公が、蹴りで悪役を吹っ飛ばした。


「魔術師? なのかな、あの女の子たちも。美都ちゃんみたいに」

「……多分」

 なんだろう、この気恥ずかしさは。私のことを言われているわけじゃないのに、見られたくない趣味を見られてしまったような。




「……Hero、ね」




 居たらよかったなあ、と寂しそうに裕史さんは言った。

 その姿と、やって来たばかりの彼のケガが重なって見えた。



 波乱じゃない時代なんてなかったけれど、あの頃はこの国の、大きな転換点だったと思う。

 先が見えない不安に負けないように、時代のうねりに必死に食らいついて、新しいことを学ぶ。成果を出さなくてはいけない、国のために役立てなければならない。富国強兵の時代。今みたいに、気ままに知りたいことを知る、なんてことは出来ない。

 実際、それで大きな成果を得ることも出来た。だけど、その分の犠牲もあった。時代についていけなかった人は、たくさんいる。



 すごく強いヒーローが、現れてくれたらいいのに。

 魔術師でさえ、何度もそう思った。



 ……今は遠い昔過ぎて、だけど思い出そうとすると当時の気持ちに耐え切れなくなりそうで、私には忘れてしまった過去のことを問いただす力はないけれど。

 それでも、一目見ただけで、わかった。わかってしまった。

 今まで思い出したことなんてなかったのに。150年の中でほんのわずかな時間しか会ってなかったのに、『美都ちゃん』と、私に柔らかく笑ってくれた裕史さんの笑顔が、すぐに浮かんだ。

 いくら蓋をしても開いてしまうその感情の名前を、私はいい年して無知のフリをしたままでいる。




 私にとっての初恋ヒーローは、あなたでした。

 少女時代は過ぎたはずなのに、夢を見たいと心が叫ぶ。

 あの時代には彼の友人も家族もいて、私だけのヒーローではないのに、まだもう少しいてほしいと、願っている。



 

 ヒーローショーが終わり、女の子たちが握手や写真を求めに行く。

 それを見て、裕史さんが言った。



「美都ちゃんはさ」

「はい」

 ヒーローショーの主人公を指して、こう言った。

「あの女の子が着ている服、着ないの?」


「……は⁉」




 やっぱり早めに、元の時代に戻した方がいいかもしれない。なんとなく。

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