未来視

姫路 りしゅう

第1話

 未来は決まっていない。運命は変えられる。

 ……って台詞さぁ。紛らわしいにもほどがあるよね。

 この口ぶりはどう考えても未来が視える人のものじゃん。

 だから幼い私はてっきり、へーっ、私以外にも未来が見える人がいるんだーって喜んだんだ。

 でも調べたところによると、これは失敗した人やマイナス思考の人を励ますための方便のようなものらしくて、発言者は未来も運命も視えていないらしい。

 紛らわしい。私の期待を返してよ。

 ま、十ウン年生きてきてたくさんの人と出会ったのに、未だに未来を視ることができる人に遭遇したことはないから、きっと視えるのは超少数派なんだろうね。

 ということで私、マイノリティだから配慮してね。

 

 ちなみに、未来を視ることすらできないマジョリティの皆様にいいことを教えてあげると、未来は決まっていない。

 たとえば朝ごはんに出てきた食パンを食べるか、消しゴムとして筆箱に持っていくか、みたいな些細な違いで未来は大きく変わるのだけれど、人がその二者択一を選ぶ確率ってだいたい五分五分じゃない?

 さらに、こういう選択は目が覚めた時の気分とか、前日に見たニュースに簡単に左右されがちで。

 だから、“確率の高い未来”というものは存在するけれど、“確定した未来”というのはないというわけ。わかりやすい説明でしょ。

 

 そうだ、ついでに私の未来視の能力についてもお話しておこうかな。

 未来を視る手順はすごく簡単なんだ。

 まず初めに、未来を視るエリアを目視する。部屋の中でも、電車の車両の中でもいいし、公園みたいな明確に区切られていない範囲でもいい。

 大切なのはイメージ。このエリアの未来を視る、という覚悟を決めることが必要なんだ。

 や、ごめん。覚悟を決めなきゃいけないほどたいそうなことは起きない。

 本当に、だらだらとまとめサイトを眺めるくらいの気軽さで未来は視える。

 エリアを視認するのと、まとめサイトのアプリをタップするはだいたい同じ位置づけだと思ってくれたらいい。

 そして次に、目を閉じる。

 それだけで、そのエリアの未来が、早送り映像としてまぶたの裏に流れ込んでくるんだ。

 どうやら私が目を閉じた瞬間の確率が切り取られて、その時最も可能性の高い未来が描写されるみたい。

 だから時々視えた未来と別の未来につながることもある。

 たとえば、本当は空き缶を踏んづけて転ぶはずだった子どもがいたのに、通りかかった男の人がたまたま空き缶を拾ったことで何も起きなかったり。

 交通事故が起こるはずだったのに、たまたまそのひとつ前の信号で歩行者が飛び出したせいで、軽い言い争いで済み、本チャンの大きな事故は起きなかったり。

 どのくらい先の未来まで視えるか、自分の限界を試したことはないけど、数日から数週間先までは余裕でいけそう。すごいでしょ。

 ただ、未来に行けば行くほど様々な事象が折り重なって、確定からは程遠い未来になってしまうので、外れることも多く。結局数分から数時間先を視るくらいの使い方が一番いい。

 一度数時間後の未来を視た少し後にもう一度視なおすと、別の未来が広がっていたりすることもあるんだよ。


 ただ、ここまで読んでくれた君なら気付いたと思うんだけど、私の能力にはすごく大きな欠点がある。

 未来は視えるけれど、変えられないのだ。

 うーん、変えられないというのには少しだけ語弊があるかな。私の行動変化次第でいくらでも未来は分岐するから。

 でも、この世界は私だけで成り立っているわけではない。

 私が唐揚げにレモンをかけたせいで空気最悪の合コンになる未来が視えたとして、その未来を回避すること自体は容易だ。

 かけなければいい。

 ただしここで重要なのは、本当に回避したいのは“私がレモンをかける未来”じゃなくて、“空気最悪の合コン”だ。

 私がレモンをかけなくても、隣の女がおしぼりで顔をふくかもしれないし、正面の男の子がゴキブリで顔をふくかもしれない。

 その未来が視えたとしてどうすればいい?

 おしぼりを没収する? 先んじてゴキブリを食べておく?

 そんな未来をひとつずつ潰していってもきりがないし、未来を視るためには目を閉じる必要があるということを忘れてはいけない。

 合コンでちょくちょく目を閉じている女、さすがにヤバくない?

 というわけで、未来は変えられるけど、一人の力じゃ変えられない。

 これが私の出した少年漫画のオチみたいな結論。

 この世界は少年漫画だったらしい。


 でも、もしこの世界が少年漫画なんだとしたら、主人公が、ヒーローが存在するはずだよね。

 そう思って私、ずっと探してたんだ。ヒーローを。

 そうだよ。

 それが君なんだよね。

 何意外そうな顔してるんだよ。

 空き缶を踏んづける予定だった少年も。

 起こるはずだった交通事故も。

 全部君が、未来を変えて、事故を未然に防いだんじゃないか。

 空き缶を拾った男の人と飛び出した歩行者が同じ人だって、気が付かないと思った?

 時間をあけて未来を視なおすと、映像が変化していた時、その差分を探したらさ。だいたい君がさっそうと現れて事故の原因を取り除いていたんだ。笑える。

 最初は君も同じ未来視の能力者なんだと思ってた。

 でも、観察しているうちにそれは違うんだって分かった。

 君が未来を視ている様子はないもの。

 じゃあ君は一体何なの?

 未来視の能力がないのに、事件や事故を未然に防ぐ君は、何者なの?

 それをずぅっと考えていて、私、やっとわかったんだ。

 君は、ただ単純にあらゆる可能性を考えて、確率の高いことから低いことまですべてを想定して、それによって起き得る出来事を予測して、事故を未然に防いでいるだけだったんだね。

 ヒーローは遅れてやってくる、とはよく言うけれど。

 君はそもそも物語に登場しないんだ。

 何かが起きる前に、全部解決してしまっているから。


 だから、君のやっていることは私しか気が付かない。

 君がどれだけ人智を越えた行動をとっているか、私しか知らない。

 君は本当はみんなのヒーローなのに、誰もそれがわからない。

 私だけにしか、視えていない。


 だから君のことは勝手に、こう呼ばせてもらっているよ。

 私だけの、ヒーローさん。

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