祝福




 『リイブト』は地上五階、地下一階のデパートの地下一階に内設されていた。

 走って十五分ほどでデパートに到着した女性と男性は、出入り口の柱に貼られている案内図を見て地下一階に行く道順を覚えて、そこから一番近いエスカレーターを使い地下一階に向かった。

 飲食店が建ち並ぶ中、奥へ奥へと向かっては淡く照らされた立て看板を発見。重厚感ある二枚の扉の内の一枚を押せば拍子抜けするほどに呆気なく開き、即座にカウンター席の中央に座る上司を発見。

 大股で向かう中、なるべく声量を上げないようにと心がけながらも上司の横に立ち、失礼します休日に申し訳ありませんと声をかけては名前を告げ、結婚する事になりましたと言った。




 女性と男性同時に。




 細やかながらも相棒の声がするなと思っていた女性と男性は、結婚する事になったの言葉で漸く上司だけに留めていた視線を僅かに上げて、相棒の姿を確認。

 目を丸くしては、口をやわく少しだけ大きく開いてはやわく閉じて、笑おうとしたが失敗した表情を向けて。

 結婚するんだおめでとうと言おうとしたのだが。


「結婚するのか。めでたいな。ならば一杯だけ奢ろう。ほら。二人とも座れ」


 上司に追い立てられるように、それぞれ上司の両隣の椅子に座った。

 なるほど一人飲みを勧めるバーだけあって、椅子同士の間隔が椅子三席ほど空いておいた。

 女性と男性はそれ以降、席を移動せず、顔を見合わせず、上司を見ず、上司も二人に話しかけず、ただ黙って受け取ったグラスを各々空に掲げては、ちょびちょび飲み進めた。




 桜の塩漬けの味がほんのりとするカクテルだった。




















 桜が盛りを見せる頃。

 一人の女性と男性がレジャーシートを桜の木の下に敷いて、各々手作りした菜の花の天ぷら、菜の花のちらし寿司、菜の花の味噌酢合え、アスパラと人参の肉巻きが入ったタッパーを置き、紙コップにお茶を注いで軽く合わせて乾杯をして、紙皿と割り箸を手に取り、好き好きに食べ物をよそった。


「あの人、結局結婚祝いの品なんて贈らないって言い張って。しかもこれまで通り休日は会わないし、職場でも私事は話さないって言うんですよ」

「俺も同じ事を言われました。今まで通り、仕事上の相棒だけでいい。私事で関わる事は一切ないって」

「悪ふざけが過ぎたんでしょうか?」

「ですかね」

「結婚報告をしてくるって出かける時に、まるで今から結婚を申し込むみたいに緊張していて、心配になって様子を見に行ったら案の定やらかしてましたよね」

「ええ。大声で笑い出したかと思えば、嘔吐して、気を失って」

「私たちが居なかったらどうなっていたか。後始末が大変でしたよまったく」

「でもやっぱり、介抱する相手を変えようなんて止めた方がよかったんでしょうね」

「でも、あの人たち。絶対私たちを紹介する気なんてこれっぽっちもないですよ。あんな時でもないと、あの人の相棒をじっくり見れないですし」

「ですねえ」

「それに、あの時の私たちの事なんてもうすっかり頭の中から消え去ってますよ。あの人。家に帰ってきた時、ただ相棒が結婚するんだ。しか言わないですよ」

「ですね。俺もあの人の頭からすっかり消え去っていると思いますよ。元々休日は脳を遮断。うーん違うか。どんどん情報を捨てて行っているようなものですし」

「ですよねえ。私の話をまるっきり聞いていないですよ」

「ですねえ」

「「でも」」

「「かわいいから仕方ないですよねえ」」

「護りたいとか、支えたいとか。気持ちは似ているんですけど。やっぱり少し違って。傍に居たくって」

「わかります」

「あーあ。私たち四人が顔を合わせるのはいつになるのかしら?」

「多分。あの人たちが退職した時に俺たちが強引に引っ張らないとだめでしょうね」

「そうですよね」

「ええ。だから俺たち、頑張って生きましょう」

「ええ………あーあ。早く並ぶ二人の可愛い姿を見たいのに。あの人たちが友情を育むとしたらきっと。いいえ絶対。退職してからでしょうね。もしかしたら退職しても無理かも」

「まあ。希望は捨てずに今はとりあえず俺たちは俺たちで友情を育みましょうか?」

「ええ喜んで」


 乾杯。

 合わせた紙コップにそれぞれ二枚の桜の花びらが舞い込んで来た。




















「「ハジメマシテ」」


 三十七年後。

 男性と女性は初めましてじゃないけどやっぱり初めましてが似合いの言葉だよなと思いながら、引き攣った笑みを向けていた。

 桜の花びらが二人を、否、四人を祝福すべく大袈裟なほどに舞っている中であった。









(2022.3.26)



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紅色を帯びる 藤泉都理 @fujitori

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