優しくて小さい私のヒーロー

銀色小鳩

優しくて小さい私のヒーロー

 パパがママをからかうのを、息子は、本気にする。小さな手で私の手を握り、パパに言うのだ。ママをからかわないように。

 こんな小さな男の子のなかに、ママを助けるヒーローが見える。


 言える日はなるべく毎晩、布団のなかで息子に言う。

「だいすき。じゅんくん、ちょーだいすき」

「ママは、どうして、準のことが、すきなの?」

「ママもわからないよ。準は、どうしてママのことがすき?」

 息子は困ってしまって返事をしない。

「本当にすきな人のことは、どうしてすきなのか、わからないものなんだよ。準が、ママの息子だからすきなのかっていったら、ちがう。もし、病院でとり間違えちゃいました、準は息子じゃなかったですって言われても、ママは準がすきなんだよ」

 ――がんばっている準はすきだけど、がんばってるからすきなんじゃないんだ。がんばってない準もすきなんだよ。どうしてだろうね? ママもよくわからないよ。

 私は何度も、準をどういうふうに好きかを伝え続ける。

「……おやすみ」

 わかっているのかいないのか、息子は私の手を握って眠りにつく。

 最愛の息子に大好きと伝える時間がある。若いころ、こんな生活は想像していなかった。


 好きでいることに罪悪感が付きまとう記憶は私から抜けていない。好きだと告げられない相手を好きでいる時間が長すぎた。心から好きな相手に、好きだと言えない時間が長すぎた。

 夫はもちろん好きだ、もしかしたら今までで一番。下手したら冥府まで連れ添いかねないレベルで。うまくしたら彼と出会ったというだけで一人でも地球上に居続けられるレベルで。ただ、私の愛は重いのが自分でわかっているので、基本的にはあまり相手に押し付けないようにセーブしている。言葉で言えば重すぎる。それと……要は言うのが照れくさい。

 息子にだけ言葉で伝え続けるのには、わけがある。


 人間の心の中には、スイッチがあるのではないか。

 あなたを否定します。嫌いです。あなたは変です。仲間ではありません。迷惑です。ここにいないでください。そんなスイッチが、一つずつ押されていき、心の中のスイッチが全部押されたと感じてしまったとき、その奥にある大きな本能のスイッチが入るのではないか。種を保存するための、自滅プログラム。小さな多数のスイッチの全押しで、そのスイッチが入るのではないか。本能に直結したスイッチ。それは、水を飲むのと同じように、強い衝動となって人を自滅へ向かわせる。

 抗いがたい衝動を身のうちに感じたことがあるからこそ、私は息子が小さいうちに、反対のボタンを押しまくるのだ。

 いてくれてありがとうのボタンを押し続けるのだ。本音を伝え続けるのだ。


 いつか、発達障害の為に、悩むこともあるだろう。

 そんな時期に、持ちこたえらえるように。記憶のかなたに消えていくだろう今の幼いうちに、私は彼の奥底の小さな「生きるためのボタン」を押し続ける。

 大好き。ありがとう。生きていてくれてありがとう。


 そして、その言葉を言わせてくれる、そのこと自体が、私を地上へ繋ぎとめる。好きだと言って相手のためにならないなら、その言葉が害をなすなら、私は言えない。好きだと言うことが、相手のためにもなると信じられるからこそ、私は言い続けられる。

 いつか辛くなったら、ママがどれだけあなたを好きだか、あなたが生きているだけでママがどれだけ救われていたか、思い出して。

 心から言わせてくれる、それだけで、彼は私の小さなヒーローだ。

 大好き。そう言わせてくれてありがとう。


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