幼馴染はヒーロー志望のようです(注 死んでます)

第0話

 焼香の匂い、読経の音。


 広い葬儀場にはたくさんの人がいる。中でも子どもの姿が多い。


 皆一様に黒衣装に身を包み、涙ながらに眼前の遺影に目を向けていた。


 その中で結は一人冷めた目で状況を眺めていた。


 悲しくない、わけではなかった。ただ彼女の中で悲しいより勝る感情があったからだ。


 その原因たるものが口を開く。


「おー、葬式ってこんな感じなのかぁ」


 それは、分かりやすく半透明だった。彼越しに見る景色は少し見づらく薄青みがかっている。


 あんたの葬式だよ。


 結は何も言えなかった。


 遺影に写る顔は半透明な彼、裕之にそっくりだった。当たり前とも思う、彼の幽霊なのだから。


 結は昨日のことを思い返していた。


 学校も終わり放課後いつものように裕之と公園で遊んでいた。


「俺、ヒーローになる!」


 先日見たであろう、朝に放送している戦隊モノの特撮を見たのか、ジャングルジムの上に立ってそう叫んでいた。


 小学二年生のささやかな、現実味のない夢。そんな彼をそんなところに立っちゃ危ないよと、諌める結。


 しばらくして段々と怖くなったのか裕之はゆっくりと降りてきた。その後は二人でヒーローごっこをしていたら段々と日も暮れ始めていた。


「裕之ー、帰るわよー」


 道路の向こう、裕之の母親の声が響く。二人して同時に振り返ると手を振るひとが見えた。


 かけっこだ、と勝手に裕之が走り出す。待ってよと行ってもその速度は緩まない。


 あっ。


 裕之は横断歩道を渡っていた。


 運悪く、トラックがさっきまで彼がいたところを通り過ぎる。


 鋭いブレーキ音、次いで女性の悲鳴。鞠のように吹き飛ぶ裕之が見えた。


 そのあとの赤いサイレンの音だけがいつまでも耳から離れない。


 だというのに裕之は平気な顔をして、


「死んじまったものはしょうがない」


 しょうがなくないよ。


 遺影を見ていた裕之は腕を組んで頷いていた。


 そのまま葬儀は進んでいって後日、裕之の肉体は灰と骨だけになってしまった。でも裕之の幽霊はそのまま結のそばに居続けた。


「これからどうするの?」


 結の部屋で二人きりのところで訊ねる。 


 消えてほしいわけではなかった。しかし底知れない不安感が結の心の中にあった。


「どうしようかなぁ」


 能天気な反応に困ってしまう。


 こうして話ができるのは結だけであった。お母さんも裕之のおばさんにもクラスメイトの誰にも裕之は見えていないし、話すことも触れることさえできない。


 つらくないの?


 言い出せず結は黙ってしまう。


 しばらくの沈黙の後、


「ヒーローになれるかな?」


 ……


 聞き間違いかと思って結は裕之を見た。その表情から考えを読み取ることができない。


 どういうこと? と聞く前に、


「でもなぁ、結にしか見えないんだよなぁ」


 大きなため息。もちろん風が吹くことはない。


「死んじゃったのにどうやってヒーローになるっていうの、バカ」


「ヒーローはな!」


 いきなりの大声に結はびくっと肩を震わせる。


 裕之は立ち上がっていた。そして腕を天に掲げ、


「あきらめないことだ!」


 ……?


 しばらく眺めているとちらちらと裕之が結の方を見ていた。


 反応が欲しいらしい。結は説明が欲しかった。


「なんにもできないじゃん」


「できる! ……あっ、結には見えてるから結のヒーローになればいいじゃん」


 よくないけど!


 勝手に決めないでほしかった。


 それでも生前と変わらぬ裕之の笑顔に結はあきらめたようにため息をついた。


 勝手に死んで勝手に幽霊になった幼馴染はその日から勝手にヒーローになった。ただ結だけに見える、結だけのヒーローに。



 すごい迷惑。

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幼馴染はヒーロー志望のようです(注 死んでます) @jin511

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