御伽噺ミステリ-特権階級『探偵』紅頭巾-

ひなちほこ

序章:最初の被害者

1.the Hunter

 或る森の中を、一人の少女が彷徨っていました。


 行くあてもないのか、彼女の視線は行ったり来たり。

 まるで何かを探しているようにも窺えますが、ただ迷子になってしまっただけなのかもしれません。


 その髪は、太陽のように煌めく金色。

 その瞳は、雲一つない空のごとく澄んだ蒼。

 その肌に至っては、最高真珠みたく艶やかに白い。


 どこを見ても、どこから見ても、可憐な少女そのものでした。


 真紅のケープとコルセット・スカートを穿き、純白のブラウスには随所にフリルがあしらわれていて、小鹿の蹄と見間違うほど華奢な厚底ブーツを履いても、なお小さな体躯。


 ですが、最も目を引くのは、その頂点でしょう。


 ふわりと黄金の髪を覆うように被る、大きな真紅のフード。


 頭のはるか上の方に枝葉が広がっているので、陽が照り付けている訳でもなく。ましてや小雨や、粉雪なども降っていないのに。その少女は世界からすっぽり身を隠すフードを被って森の中を歩いていました。


 小鳥の鳴き声みたいな、愛らしい鼻歌が静寂な森の中に響きます。


 小さな体躯から察するに十五歳くらいの御令嬢だろう。

 そう思案するのは、赤ずきん姿の少女を遠目に眺めていた狩人の青年でした。


 獲物を探していた狩人は、たまたま目にした少女のあとを追っていました。この『沈黙の森』は、生い茂る木々の背があまりに高く、太陽の光さえ地面に届きません。


 あらゆる音すら掻き消すほどの深い緑がヴェールの如く乱立し、故に齎される静寂から避暑や雨宿りに適しています。


 ですが同時に、多くの獣が棲息している禁足地でもありました。


 狩人からすれば格好の狩場でしたが、線の細い少女が護衛も付けずに独りで出歩くには危険が過ぎます。


 ひょんなことで目を付けられて。

 瞬く間に食べられてしまうでしょう。


 だから狩人は、足を疾めました。


「こんにちは、お嬢さん。独りでお散歩かい?」


 赤ずきん姿の少女に並んで、狩人はそう声をかけました。

 すると突然の出来事に驚いた少女は、


「えと……、もしかして狩人さん?」


 足を止めて、静かに胸を撫で下ろしました。


 声の主が、心配そうに周囲を警戒する狩人だと解って安心したのでしょうか。可愛げに満ち溢れた仕草と、安堵の笑みを浮かべて、愛くるしい上目遣いを送ります。


「もしかして狩りの最中なの? とても立派な弓ね」


「御明察。これでも腕は良い方でね。鹿や猪、野兎だって簡単さ」


「その弓と矢で射止めているの? 野兎って小さいし、ぴょんと跳ね廻るから、仕留めるには修行が大変だって、おばあちゃんが言ってたわ。狩人さんは凄く腕が立つのね」


「なぁに、ちょっとした要領さえあれば、誰だって射止めるさ」


 狩人は自慢するように弓を掲げて見せました。


「ところで君は独りなのかい?」


「えぇ、そうよ。これからおばあちゃんの家に。それも独りで」


 誇らしげに赤ずきん姿の少女は言いました。


 まるで「独りで出来ること」が偉大であるかのように、少女は得意になって柔らかそうに膨らんだ胸を張ります。きっと称賛の言葉を待ち侘びていたのでしょう。


 ですが狩人は、その期待には応えませんでした。 


「あまり感心出来ないな」


 狩人は、赤ずきん姿の少女が無防備なのを確認しながら続けました。


「ここには多くの獣が息を潜めているんだ。君のような幼い少女が、独りで歩き廻るなんて、危険が過ぎるんじゃないのかい?」


「あら、心配してくれるの? ありがと」


「心配だとも。だから僕が付き添うよ。だって僕は弓の名手だからね。獣も恐れを為して、君を襲ったりはしなくなるさ」


「それは心強いわね、とても助かるわ」


 にこり、と礼を述べる少女は、まさしく可愛さの権化でした。


 二人は肩を並べて森を奥へと進みます。


 もし悲鳴をあげても。

 助けを求めて叫んだとしても。

 きっと誰にも届くことはないでしょう。

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