決して長続きはしないバイト
一日三万円のバイトがある。犯罪などとは一切関与はしないが、決して長続きはしないバイトだから、一日だけでもやってみればいい。
そんな甘い誘いにまんまと乗せられたのが、俺だ。
……しかし。
「……やべえ、最高のバイトじゃんよ。これで一日三万かよ」
その横で、採用の時に一緒に面接をした三島も強く頷いた。
「凄いっすよね。実際」
手を流水で洗いながら、三島と隣り合わせでニヤニヤと笑い合った。
「心霊ビデオって、そんな儲かるんすかね」三島はビジュアル系バンドのメンバーらしく、髪はピンク色のロングヘアで、顔立ちは女みたいな肌ツヤで可愛らしさがある。世の女性はこういう男性にメロメロになるのだな、と栗原は思った。同じ音楽業界で活躍はしていても、実力勝負の栗原とビジュアルで一定数のファンを持つ三島とのギャップに、栗原は少し嫉妬してしまう。
「儲かってるかどうかは怪しいけど、俺らは確実に儲かってる」
栗原は心霊ビデオ製作委員会でアルバイト勤務を始めてから、目覚しい心境の変化があった。給料は日払い、シフトは完全に自由で、当日に急な飲み会や打ち合わせがあっても、全くお咎めがない。いつも何か重しを乗せて生きている気がしていたが、金の羽振りが良くなってから、食事や遊びで我慢をしなくてもいいという身軽さを覚えた。やはり世の中、持つべきものは夢より金なんだと心底気付かされる。
とはいえ、心霊ビデオ製作委員会、通称"心作"の社員は
栗原と三島はオフィスに戻り、所定の席に着いた。オフィスは手狭で、三台のパソコンが置かれたテーブルにオフィスチェアが三席横並びになっているのがオフィスの両サイドに設置されている。
その有様は、小中学校のパソコン室のように簡素なもので、逆に親近感が湧く。
「逃げたのかと思った」オフィスの端の席で深作さんがパソコン操作をしながら、顔も向けずに呟いた。
「逃げるわけないじゃないっすか」栗原は笑顔で言った。最近、笑顔が増えたと周りの人間から言われる。こんな良条件の職場、逃げる理由が見当たらない。
「これ、言われた通り編集終わったっすけど、どうします?」
栗原が深作に指示を仰ぐと、「早いね」とだけ言った。
深作さんが主婦なのか、独り身なのかどうかは定かではないが、どちらにせよ"女性を終えた"という表現がふさわしい人柄の持ち主だ。仕事中、ばかばかタバコを吸うし、髪も荒れ放題で、服はいつも同じ服を着ている。深作さんの一定範囲はタバコ臭く、笑えば黄色い歯が目立ち、平気で屁をこく。それに対して何の躊躇いも恥じらいもなく、俺は反応に困るもとりあえず反応すると、あんた優しいね、となぜか褒められる。
大して仕事もできない店長に、無理難題や理不尽を押し付けられながらも、居酒屋で死にものぐるいで働いていた昔の自分が誇らしく思えるほど、この職場は居心地が良かった。
深作さんは俺の編集映像を流し見して、ここ面白い、いいね、オッケー、そんな言葉ばかりを連ねた後、元の席に戻る。「じゃあ飯にしていいよ」そう言われた。
「ういっす」俺はまだ編集作業に手こずっている三島の肩を叩く。「えっ、栗原さんもう終わったんすか」三島は焦りを顕にした。
「そんな手の込んだ編集したって評価してくれるわけじゃないんだから」俺が三島の気を楽にさせようとそう呟くと、深作さんもそれに賛同した。「その通り。とにかくシンプルにしないと、見てる側が疲れるからね」
はーい、と三島は肩を落とす。「栗原ね、新しい仕事教えるから、飯終わったらレクチャーする」
「新しい仕事?」
「そう。心霊ビデオの原本の編集作業」
栗原は首を傾げる。「原本って?」
「元の映像よ。あんたらに任せてる編集は、私が編集した映像を編集してんのよ」
「なんですかそれ。原本から俺らが編集すればいいじゃないっすか」
俺の言葉を聞いて、深作さんが手を止めた。「そうしないのは何でか、それをあんたにレクチャーすんのよ」
俺はハッキリしないまま、返事だけを残して休憩室に弁当を持っていく。最近はお決まりのコンビニの弁当を辞めて、自炊を始めた。時間的余裕、精神的な余裕から、様々なことが変わっている。俺に必要なのは、余裕だったんだと気付かされた。
休憩室で携帯電話を開くと、メールが入っていた。
この間ライブハウスで披露したパフォーマンスが、音楽レーベルの人間の目に止まったという、マネージャーからの報告だった。
「まじかよ」
俺は、ここから這い上がっていく。ここから、全ては、これからじゃないか
業務報告。
栗原聖、交通事故により27歳で死去。
三島優一、連絡途絶により解雇処分。
心霊ビデオ制作委員会回顧録 八岐ロードショー @seimei_ki
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